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プチ休職

 今日から「プチ休職」。

 数日前から,左胸に原因不明の痛みがあって…。それはどんな痛みなのかというと「痛み止め」を飲んでいないと,まあまあ笑って耐えられない程度の痛みなのです。

スイートメモリーの歌詞を思い出す感じなんだけど,もう二度と味わいたくない痛みだ。

 今から10数年前の秋,とある週明けの出来事。僕は始業30分前には職場の自席に着く就業スタイルで,その日もその時刻に職場に着いた。

 でも…「あれ?」

いつもこの時間には必ず出勤して自分の席にいるはずの上司がいない。

休むとも聞いてないし,酷い二日酔いでもちゃんと出勤してくるのに,「おかしいなー」と思いながら,でも,僕はいつものように仕事の準備を始める。

始業のベルが鳴る。

でも…まだ上司は来ない。

始業後,20分位が経っただろうか,廊下から,別の部署の友人が僕を呼んだ。

僕は席を立ち,そいつが待つ廊下へ出て「おはよう」と声をかけ挨拶するも,何だか浮かない顔。

彼は,ぼそっと…「課長,来てる?」と僕に尋ねた。

僕は「いや,来てない。連絡もない。」と答えると,彼は指先を上にして両手のひらを僕に向け,左右の親指同士をくっつけ,アルファベットのUのような形を作った。そしてそのままUを自分の胸…顔の下へ引き寄せ,そこからゆっくりとUを上にあげて,Uで自分の首をつり上げる仕草をした。

僕は思わず「えっ!」と声を上げた。

彼はすぐに自分の右手の人差し指を自分の唇の前に立て,悲しそうな表情のまま顔を二度左右に振り,無言で立ち去った。

僕は事態をどう理解して良いのか分からぬまま,自分の魂が抜けたような気持ちになって…席に戻った。

それから10分が過ぎた。

僕の前で普通に仕事をしている同僚の席の電話が鳴った。

「はい,おはようございます。○○課,□□です。」

同僚のその受け答えを聞いていると,電話の相手は誰かを指名しているらしい。

同僚は,誰もいない課長席の隣の席で仕事をしている課長補佐に「課長の奥さんからお電話です。」と伝え,指名されたとおり課長補佐に電話を代わった。

課長補佐の「おはようございます。」という挨拶から,再び会話が始まった。

10秒程経っただろうか,電話を代わった課長補佐が,隣の部署にも響き渡るくらいの大声で「ええっ!!」と叫んだ。

その瞬間,職場では僕以外の全員が,一斉に課長補佐を注目した…に違いない。

「はい…はい…」「分かりました…」「分かりました…失礼いたします…」

そう言って課長補佐が電話を切った。

そして,唯一自分を見ていなかっただろう僕を呼んだ。

小さな声で「課長がお亡くなりになった。人事課へ…この事を人事課長に直接伝えてきてほしい。」と指示された。

 前の週の金曜の夜まで普通に一緒に仕事をしていた上司。色んな案件を抱えていたものの明るく的確な指示をくれた上司。飲むほどに楽しく,歌い踊っていた上司…僕が新規採用の頃から大事にしてくれた上司。

 あくまで仕事上のつながりであったものの,ほぼ20年間交流のあった大切な人がこの世から突然居なくなった。

 上司には,死ななければならない理由があったんだろうと…思った。

 でもその理由は,僕には想像もつかないこと。窺い知ることも出来ない。ただ,死を選ぶ前にどんな選択肢を排除していったのだろうか…,そんなことを考えていると,どうしても「死ななくても良かったんじゃないか。」って,烏滸がましい考えが浮かんでくる。

 そうしているうちに,胸が重く,苦しく,痛み始めた。

 この痛みだ。あの時の痛みだ。

 我に返る。今の僕に戻る。

医師によると「痛みの原因は不明。要精密検査。暫く安静療養のこと。」

だから,今日からプチ休職。

思いだしなくない…痛みだ。

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