明けまして「おめでとう」

 元旦の朝、フェイスブックを覗くと「”明けましておめでとう”というが、戦争が日常化する世情を考えれば考えるほど、おめでたいという言葉は使えない」という投稿がいくつかあった。
 確かに、何となく新年を迎えたら周囲に「明けましておめでとう、今年もよろしくお願いします」と慣用句として言うことはあるが、本当におめでたいと思っていない。ましてや、元旦の日に能登半島での大きな震災、翌日は旅客機の衝突と大きな事件が起こった。新年明けてからSNS上で「おめでとう」という言葉を見ることは滅法少なくなった。

 そんな中だからか、今更僕はこの場で、あえて「明けましておめでとう」と言いたくなった。前回のブログにも投稿したが、去年の僕はとにかく「仕事、仕事、仕事」で終わってしまった。それほど多くない投稿だったが、その度に仕事の話ばかりしている。育児休暇をとり仕事から離れたところにいるおかげで、尚更去年の自分の調子のおかしさを感じている。

 少々大げさに聞こえるかもしれないが、振り返ると自分が今生きているってことは普通ではないんだと思う時がある。

 仕事一つとってみても何とか病気にならずにすんではいるけど、状況次第精神的におかしくなったり、下手したら命を落としてしまうこともあったかもしれない。実際、過労&パワハラでこの世を去った友人もいた。
 環境問題しかり、国際情勢しかり、最近のニュースをみていても残念ながら好転している様子は感じられない。世の中の影響だけでなく、気がついたら癌などの病気にかかっている可能性もある。

 新年かどうか関係は置いておき、一日一日を迎えることが貴重なものだと噛みしめる日々である。皆さんからSNSでもいい、年賀状でもなんでもいい。互いの安否を確認できるだけで少し救われた気になる。

 本当は「今日一日をしっかり生きぬいた」と満足できるのがベストだが、そうでなくとも、子供が生まれた今となったらなおさら、何とか生きながらえただけでありがたみを感じるようになってきた次第だ。

 というわけで、遅ればせながら明けまして「おめでとう」。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?