月らくだ

掌編小説を書いています。 主に日常の恋愛の物語です。 ずっと昔から、ぽつりぽつりと書い…

月らくだ

掌編小説を書いています。 主に日常の恋愛の物語です。 ずっと昔から、ぽつりぽつりと書いてきました。 あなたの日々の暇つぶしのひと時になれれば、幸いです。

最近の記事

【掌編小説】愛の記録

 風が強くて出かけられない。二人で一緒に新しいスニーカーを買いに行く予定だったのに。ユタカの白のコンバースはいくら洗っても取れないコールタールのような汚れでみすぼらしくなっていたし、ミサキのナイキはもう三年も履いていてぼろぼろだった。朝起きて、朝食を食べた後、窓の外を見ながら、風が強いみたいとミサキが言った。ユタカは彼女の後ろに立って、髪の匂いを嗅ぎながら、まあ、出かけられないほどじゃないよ、と言った。街路樹がかなり揺れている。ユタカは彼女の腰に手を回した。ズボンの方がいいか

    • 【掌編小説】彼女の性欲

       日に日に彼女が僕を求める回数が増えてくる。夜になると何の前触れもなしに、僕の股間を撫でてきたりする。食後にソファに座って、心静かにドストエフスキーを読んでいる時なんかに。あるいは、シャワーを浴びていると、いきなり裸で入ってきて、まだ泡だらけの僕に抱きついてきたりする。料理をしている時もあった。パスタを炒めていると、後ろから抱きついてきて、手を前に回して体を触る。一度、食事をしている最中に突然立ち上がって、僕の膝に馬乗りになったこともある。その時はさすがに彼女を諫めた。彼女は

      • 【掌編小説】四日目の昼

         四日目の昼。僕と彼女はようやく外に出た。うららかな春の連休で、きらきらした陽射しが外で羽を伸ばすことを誘っていたが、僕らはその誘惑に抗って何日家に閉じこもっていられるか挑戦していたのだ。土曜日から始まって、火曜日まで一歩も家を出なかった。うら若い男女が家にこもってすることなんて、一つしかない。そのうち彼女が、一生分やった、って言えるくらいやってみようよ、と言った。僕はどちらかと言うと、その提案には反対だった。でも、まあ、思い出にはなるかもしれない。最初の日の夜にはもう、僕の

        • 【掌編小説】ダナエ

           彼女はもうかれこれ数時間も試行錯誤している。ベッドの上で裸になって。僕は言われた通りにカメラのシャッターを切る。時々、ビールを飲みながら。 「どう?似てる?」と彼女が起き上がって言う。 「ああ、とっても」と僕は応える。  彼女はカメラで写真をチェックし、まあ、こんなもんね、と呟く。 「ワイン、持ってきて」  僕はキッチンの飲みかけのワイングラスを持ってきて、彼女に渡す。 「ああ、疲れた」彼女は一息でそれを飲み干すと、「さて、オナニーしようかな。それともセックスする?」 「お

        【掌編小説】愛の記録

          【掌編小説】恋人以外の誰かを好きになる

           天気が良いにも関わらず、僕とアヤは一日中、僕の部屋でごろごろして過ごした。 「ねえねえ、ユウ君、彼氏がいる女の子を好きになったことある?」と僕の隣で漫画を読んでいた彼女が言う。 「女の子を好きになったことはあるけど、その子に彼氏がいるかどうかはあまり気にしたことないな。どうして?」 「ほら、この漫画のさ」と彼女は読んでいた漫画の表紙を僕に見せて言う。「主人公の男の子がさ、彼氏のいる女の子を好きになっちゃうんだよね。でも、彼女を困らせたくないから、ずっと気持ちを隠してるの。切

          【掌編小説】恋人以外の誰かを好きになる

          【掌編小説】ナツとエリ

           午後五時。  空の裂け目から赤い血が滴っているように太陽の光が落ちていた。  二人は車に乗って、全てが行き止まりに似た街角を走らせていた。 「今日はどこに行く?」とナツは車の中で若い恋人に訊く。 「ホテル」とエリは答える。 「最初から?」 「うん」 「何か嫌なことでもあった?」 とナツはハンドルを回しながら訊く。 「ううん」 「彼氏と喧嘩した?」 「ううん」 「じゃあ、どうして?」 「…ねえ、早く行こう」  ホテルの部屋に入ると、ナツはエリの体を抱きしめる。わざときつく。エ

          【掌編小説】ナツとエリ

          【掌編小説】アイスと浮気

           サキはもう何回も浮気を繰り返していて、その度に恋人のコウを苦しめ、苛み、壊していった。すでに彼は時々訳もなくナイフを握って、その刃に自分の顔を映しながら、ぶつぶつと何かを呟くようになっていた。僕は、もうやめろ、とサキに言った。本気でまずいことになるぞ、と。 「大丈夫」と彼女はチョコレートフラッペの上にのったバニラアイスクリームをスプーンで口に運びながら応えた。「もうやめたから」 「嘘つけ。三日前にまた浮気しただろ」 「それは三日前でしょ?」アイスクリームから目を離さない。「

          【掌編小説】アイスと浮気

          【掌編小説】ボクシングと彼女の豊満な胸

           彼女の振り上げた拳が思いきり僕を殴りつけてくる。肩、それから胸。最初は痛くないふりをしているが、本当はすごく痛い。彼女は僕が我慢しているのを楽しんでいるみたいだ。胸を何度も叩く。僕は拳を手の平で受けながら、ちょっと待って、と言う。そんなに何度も殴っていいなんて言ってない。一回だけだ。 「なによ、一回なんて。男らしくない」と彼女は言う。 「世の中の女性は男らしさを勘違いしてる」 「男らしさは女が決めるものでしょ」  言うが早いか、また胸を殴る。僕の胸がベルリンの壁のように強固

          【掌編小説】ボクシングと彼女の豊満な胸

          【掌編小説】二人の関係

           もう三日も降ったりやんだりの小雨日和が続いていて、僕は窓から外の様子を眺めて首を傾げた。一週間前の予報では、この連休は晴れ続きのはずだった。まだ降ってるよ、と僕は言った。そう、とミユリは言った。「よく降るね」 「ああ、よく降る」と僕は言った。 「晴れのはずじゃなかった?」 「うん、晴れのはずだった」 「変わったの?」 「変わったみたいだ」 「どうして?」 「わからない」 「台風?」 「台風じゃない」 「なんとか前線?」 「なんとか前線でもない」 「ただ、降ってるの?」 「そ

          【掌編小説】二人の関係

          【掌編小説】そろそろ

           そろそろだ。僕は窓から見える遠くの給水塔を眺めていた時にあらためてそう思った。よく晴れた日曜の午前だった。三分前まで土砂降りの雨が降っていたのに、顔を洗っている間に雲がなくなっていた。窓を開け、植木鉢を窓際の陽の当たる場所に置いた。街路樹の緑がさわやかな風に揺れていた。給水塔の上に雨雲の欠片が残っている。そろそろだ。エリと別れなければいけない。  僕らはちょうどそれぞれの恋人からプロポーズされていた。エリはコウから、僕はミサトから。僕らはそれぞれそのプロポーズを受けようと思

          【掌編小説】そろそろ

          【掌編小説】最後の晩餐

           黒い空を見る。雷が鳴って、夕立が降り始めるのを待つ。世界の全てを押し流してしまうような最後の審判的な雨を。やがて雨はあがり、虹がかかる。世界の東端から、夕陽の頭を越えて、西の端へと。その虹の隙間から出てきた一羽の平和の白い鳥に、欲望や嫉妬なんてみんな食われてしまえばいい。茜色の空が消えると、その向こうに満月が浮かぶ。全ての原因となった満月が。  彼女にとって、彼は満月の君で、僕は新月の君だった。彼女は満月の夜に彼に会い、新月の夜に僕に会う。それが僕らのルールだった。そして満

          【掌編小説】最後の晩餐

          【掌編小説】ストッキング

           彼女は帰ってくるなり、ストッキングを脱ぐと、それを丸めて僕の顔に向かって投げつける。まるで異教徒に石を投げつけるみたいに。それからソファにぼすんと体を投げ出し、脚を伸ばしながら、ほら、舐めなさいよ、と言う。僕は磨いていたフォークを置くと、彼女の前に跪いて、足を取る。蒸れた匂い。くらくらする。埃を払って、足の甲に口づける。汚い犬ね、と彼女が言う。それから指を口に含む。一本一本丁寧に。「野良犬以下ね」  右足を綺麗にして、左足を取ろうとすると、彼女は足の裏で僕の顔を踏みつける。

          【掌編小説】ストッキング

          【掌編小説】よくありません

           電話。 「ねえ、もし、僕が、百万円くらいするダイヤの指輪を持って、君にプロポーズしたら、結婚してくれる?」 「え?なにそれ、ふざけてんの?」と彼女は言う。 「ふざけてないよ」 「酔ってるの?」 「酔ってない」 「変なの」 「ねえ、どう?結婚してくれる?」 「うーん、結婚はねえ」 「じゃあ、付き合ってくれる?」 「うん、いいよ。付き合うくらいなら」 「そうかあ」 「え?なに?」 「じゃあ、五十万円だったら?」 「うん、まあ、いいよ」 「へえ」 「意味わかんない」 「三十万円」

          【掌編小説】よくありません

          【掌編小説】最高記録

           彼女は美人で、おまけに胸が大きい。みんなが彼女の胸に釘付けになる。彼女もよくそれをわかっていて、できるだけ胸の目立たない服を着るけれど、それでも隠し切れない。彼女と一緒に街を歩くと、前から来た男が彼女の胸を見て、顔を見て、また胸を見るのがわかる。僕は、こうやっていつも人々の視線を浴びるのはどんな気分なんだろう、と思う。彼女が胸を張って、にこっと微笑めば、恋に落ちない男はいない。一瞬、時が止まって、上空から光が射し、自分が選ばれし物語の主人公になった気さえする。僕はそんな彼女

          【掌編小説】最高記録

          【掌編小説】待ち合わせは十九時

           待ち合わせは十九時だった。僕は待ち合わせ時間に五分遅れた。店内を見渡す。アヤは先に来ていた。後姿でわかる。肩下まである髪を巻いて、一つに束ねていた。僕は席に着くと、出る時は雨なんて降ってなかったのに、と言い訳をした。アヤは、こっちは夕方から降ってたよ、と非難の目つきで僕を睨んだ。僕はスーツの肩についた雨粒を払った。 「それが遅れた理由?」 「駅で傘を買うべきかどうか、迷ったんだ」 「結局、買わなかったのね」 「ああ、走った」と僕は言った。「それに、君が時間通りに来るとは思わ

          【掌編小説】待ち合わせは十九時

          【掌編小説】永遠の指

           ユカは僕の指を舐めるのが好きだ。  僕はソファに座ってドストエフスキーの『永遠の夫』を読んでいる。ページをめくりづらいからやめろよ、と言う。今、ドストエフスキーの性癖に没頭しているところなんだから。彼女は僕の左手のくすり指を丹念に舐めていた。この指が一番美味しい、と言った。やめてほしい。ふやけるし、くさくなる。ページをめくる。初めてリーザが出てくるところだ。僕は十年以上前にこの小説を読んだことがあるが、すっかり内容は忘れてしまっていた。いや、二十年前か。二十年前、僕は学生で

          【掌編小説】永遠の指