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いつかあなたと花降る谷で 第2話(6)

 最寄りのルト村は、グリッツァー王国の最果ての村である。此処には牧歌的だけど警戒心が強い人たちが住んでおり、旅人にはぶっきらぼうな態度をとってしまうところがある。数日前に旅の男が通り、山に死ににでも行くのかね? 嫌だね、なんて思っていたが、関わるのも面倒なのでスルーした。
 そのスルーした男がどうやら、挨拶に降りてきた。聞けば、これから幻獣族の女の子と一緒に暮らすらしい。彼女の代わりにおつかいに来る時があるかもしれないから、と、村長のところで頭を下げて、顔を晒していったらしい。
 幻獣族の女の子のことは、村人は基本、知っていた。時々、深山の恵みを持って降りてくる可愛い子供である。村で小麦やら砂糖やら、塩などと交換していって、深い付き合いはしないけど、お隣さんという感覚だった。
 その子がその男のことを「保証できる」と語るので、顔を覚えておくように、と、村長が彼を連れて村内を歩き回った。覚えておけと言われても……と農作業の手を止めて、不満気に見た村人だけど、いざ前にすると絶句する。不気味な男だと思っていたが、なるほど、彼は人間じゃなかったらしい。うんうん、分かった、この顔なら忘れまい、と。
 狭い村だから顔合わせはすぐ済んで、女の子と男は村を出た。村長が聞いた話では王都の手前まで行くらしい。村人には村人の仕事があるし、去っていく姿を見送るまでだが、仲睦まじくは見えたらしい。
 帽子付きの上着を羽織る、二人は兄と妹だ。似てないけれど身長差から、そう見えたというやつだった。恋人として見るには少し、距離があるのが察せられる。だからマァリの感覚が正しいのにも頷ける。
 村から隣の町まで伸びた長閑(のどか)な道を行きながら、この距離感を埋められるよう気持ちを入れたマァリである。小さなフィーナの足に合わせて、のんびり歩くけど、悪い人間に会うこともあるし、警戒は怠らない。
 ぼろ布を被せた鞄はいい味を出していて、二人とも地味な出で立ちなので田舎者に見えるけど、細部を見れば清潔感があって美男美女のカップルなので、知恵が回る人間たちには一目瞭然の「金持ち」だ。大した金持ちじゃなくたって、普通より「ある」と思われる。
 それでもまだこの国は戦争はしていないので、そこまで荒んだ人間も居ないだろうと思うけど、大好きなフィーナの隣を歩くマァリであるから、普段より見る目が厳しくなっていた。
 町へ入る前の道端で、一度二人は休憩をした。なんでも入る鞄からマァリがコップと水を出し、保存できるお菓子を出して、二人で大きな木の下へ。別の村へ向かう道も過ぎていたため、そちらへ向かう人たちを数人見かけたこともある。
 こんな田舎に旅人がいる、と、彼らは珍しそうに眺めてくるが、近づいてから綺麗な二人をみると、変な顔をして過ぎていく。休憩だから帽子を取って寛いでいるけれど、そんな人たちを眺めると、やっぱ、フィーナは可愛いよな、と。自分のことを横に置き、心配をするマァリであった。
 フィーナは気にしていなかったけど、いよいよ町に入った時に、もっと大きな街へ行くための身分証を作る役場にて、受付のお姉さんがやたらマァリに親切なので、やはり彼は人間の社会じゃ人気がある、とフィーナはしっかり推測をした。
 隣に並んだフィーナを見ると、妹さんか? と問いかけられる。マァリは一瞬止まったが、なんとも思っていないフィーナを知ると、役場の女性へと「いえ、姉です」と答えたようだ。目が点になったような人間の女性は面白く、え、お姉さんなんですか? と確認してきた人に対して、はい姉です、と答えたマァリの楽しそうな顔と言ったら。

「あの人、面白かったね」

 と、役場を出てから語るマァリへ、フィーナは「そんなに揶揄わないであげればよかったのに」なんて。人間の女性のことを気の毒がる様子を見せたが、もう過ぎたことなので彼にはあまり響かなかった。

「それより、ねぇ、フィーナお願い」
「ん?」
「俺、今日から幻獣族ね。それで、フィーナは俺のお姉ちゃん。実の姉っていうよりは、近所のお姉さんって雰囲気で。そういうことにしてくれる?」
「いいけど、急にどうしたの?」
「そういう体で登録したから、話を合わせて欲しいな、と」
「あぁ、なるほど。わかったわ」

 過去を忌み嫌っている風の彼であるので、生まれ変わった気分を味わいたいのだろうと思う。それで簡単に身分証を作ってもらえたこともあるし、話を合わせるくらいならフィーナにも出来るだろうから。

「ありがとう。乗合馬車の発着所まで、もう少し歩くよ。お昼はその近くで取ろう。そろそろ何か食べたいでしょう?」

 実は食べ物はそれほど必要じゃない妖精だけど、この旅の目的はそれである。美味しいもの、とピンときたフィーナは、素直に「うん」と頷いた。
 まだ閑散とした町だから、手を繋がずにいられるけれど、次か次の町からはそれも考えた方がいいかも、と。マァリはぴょこぴょこ歩いて見えるフィーナを見下ろして、目的地へと向かいながら警戒を続けていた。
 馬車は明るいうちしか出ないし、人数が集まらないと出ないから、先に予約を済ませておいて様子を見るのが普通である。幸い、この日はまぁまぁ混んでいて、あと二人くらい集まったなら出発、と知らせてもらう。二人分の運賃を払い、様子が見える通りにて、何軒か見繕い、二人は町の名物を食べた。
 いずれも旅人や時間を惜しむ人たち用の、屋台料理と呼ばれるものである。この通りには机や椅子が多めに設置され、近隣のお店で購入したらすぐに食べられるようになっている。二人はこれ幸いと気になるものを注文し、馬車が出るまでの少しの時間を、楽しく過ごしたようだ。

「マァリのそれ、すごいわね。じゃがいもをベーコンで巻いてあるの?」
「そう。俺が好きなじゃがいも。ベーコン久しぶりに食べたかも」
「そういえば聞いたわね」
「一口食べる?」
「いいの? 一口、大きいわよ、私」

 小さなフィーナが胸を張って言ってきたので、マァリはツボに入ったように「ははは」と笑う。大きな一口をどうぞ、と言って、スパイスの絡んだそれを差し出した。
 フィーナは小さな口を精一杯広げたようで、マァリの口にも大きいじゃがいもを、一つぱくりと食したようだ。じゃがいもで一杯になった少女の顔は、ほっぺたがパンパンで愛らしかった。年頃の女性が異性に見せる顔ではないが、彼女のそういうところが魅力的なのである。
 暫くモグモグと黙っていたフィーナであるが、飲み込んだ後にぱあっと明るい顔を見せ、「この辛い調味料、美味しいわね!」と微笑んだ。

「胡椒かな?」
「こしょう?」
「うん、そうだね、この味は。気に入ったなら買って帰ろう」
「いいの!?」
「うん。一般的な調味料だし、そんなに高くないし、重くない」

 色んな料理に使えるよ、とマァリが伝えると、フィーナは益々喜んで微笑んだ。

「私のも一口いる?」
「焼きパイナップルだったっけ?」
「そうよ。香ばしくて、甘い匂いがよかったから」

 別に食べなくても良かったけれど、彼女は食べさせたそうである。
 マァリは少し困ったけれど、好意を無碍にはできない気がした。それに一口齧られた後で、人間臭い感性が傾いたこともある。彼女が良いと言うのなら、と相伴に与ることにした。

「あ。思ったより美味いね」
「そうでしょう?」

 果物を焼こうだなんて思わなかった、と彼女が語る。
 そう言われたら確かにそうで、クスリ、と笑った彼である。
 他のものもいくつか食べ終えた頃、人数が集まったから馬車が出るとの号令がして、通りで二人と同じように待っていた人々が、同じようにそちらへ向かう様子が見えた。
 子供連れが余程に珍しかったらしい。
 帆布をかけられた荷台の長椅子に、腰掛けたところで隣の人に話しかけられた。

「お父さんと娘さん? どこまで行くの?」

 人の良さそうなお婆さんだ。
 自分達のことを言われていると気づかなかったフィーナの横で、マァリが「いえ、姉と弟です」と返したところで気がついた。

「え? 姉?」
「幻獣族なので」
「あぁ! そうなの! なるほどね。だからこちらがお姉さん」
「はい」
「まぁま。納得したわ。あなたたち、とても美人じゃない」

 経験の多い人間には、すぐに理解できたらしい。
 何せ、長命な幻獣族だ。フィーナじゃなくても子供に見えて、案外、年上な種族というのはたくさん存在している大陸だ。
 乗合馬車の中に幻獣族の綺麗な姉弟が乗っているらしい、と知って、他の客も興味津々と視線を向けてきた気配があった。マァリにはありがたくない視線だけれど、人間の好奇心は多種族よりも強いのだ。やめろと言って素直にやめてくれる人達じゃなし、仕方ないという気持ちで好きにしてもらうことにする。
 その中の一人がやたらフィーナに視線を注ぎ、なのにマァリに「良かったら仕事をしないか?」と聞いてきた。魔法は得意か? 得意だと助かるんだけどな、と。マァリはうっすら笑うと、今は必要ないと断り、フィーナを促して流れる外の景色を見遣る。大方、マァリに仕事をさせる風を装い、その間にフィーナを預かってくれると言うのだろう。その間に奴隷にしてしまい、王侯貴族に売りつける。相変わらず人間は性格が悪い、と笑い、見ていないふりをしてその男を観察した彼である。
 フィーナは堅い態度で無言になったマァリに対し、何かに勘付くように彼の真似をして外を眺めた。隣の老婆はまだ話をしたかった気配だが、向けられた人間の悪意の端は感じ取っていたらしい。マァリに声をかけた男をちらちらと眺めるように、お前のせいだという非難も込めた雰囲気を出していた。
 急に乗合馬車の中が居心地悪くなったので、老婆の他の乗客も非難するように男を見遣る。田舎者の視線など怖くないと思う男も、顔を覚えられたら面倒だと感じたのだろう。狸寝入りをするように顔を俯き、寝たふりをして過ごすことにしたようだ。
 馬車の揺れで次第にフィーナはうとうとし始めて、マァリの「着いたよ」で目を覚ます。

「え!? もう着いちゃったの?」
「うん」
「景色、綺麗だったのに、勿体ないことをした〜」

 ふ、と笑った彼はいつも通りの彼である。
 自分達が最後のようなので、フィーナは慌てて立ち上がり、彼に続いてお世話になった馬車を降りた。

「わ。急にすごい町になった」
「あはは。まだまだ。もっと街に行くからね」

 でも今日はとりあえずここに泊まろう。
 はい、手、と差し出した彼である。

「迷うと悪いからね」
「そうね。すごく人が多いし」

 疑わず手を取った彼女である。
 うん、と握ったマァリはそのまま歩き出す。後ろをついてくる男の気配をしっかりと読みながら、少し良い宿にするかと考え、足を進めていくのだった。

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