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『スイング・ステート』と、アメリカの底力

巨大経済イベントとしての大統領選

アメリカの選挙、わけても大統領選挙があまりにも巨大化し、多額の資金が投入される経済イベントと化したことは、日本から観察していても容易に推察できます。こうした選挙活動はもはや、政治の本質から外れた人気コンテストに近いものとなり、その弊害は多く指摘されています。かつて候補者であったヒラリー・クリントンも「選挙期間が長すぎる」と不平を述べていましたし、集められた巨額の募金、献金の多くは、どのように入ってきてどのように使われるのか、ほとんど使途がつかめないため、腐敗の温床にもなっていることは本作も指摘する通りです。政治家にとっての主たる仕事は、政策立案よりもファンド・レイジング献金集めとなり、二大政党はお互いを敵とみなして苛烈な攻撃をくわえるため、民主党を選ぶか共和党を選ぶかの二者択一となり、国内の分断を進めるばかりです。

こうした状況を皮肉ったコメディが『スイング・ステート』です。作品の舞台であるウィスコンシン州は、民主党と共和党が拮抗するスイング・ステート激戦州のひとつ。この地区での選挙が、国政を占う重要局面であると考えた民主党の選挙参謀ジマー(スティーブ・カレル)は、ワシントンDCから直接乗り込んで選挙活動をおこない、地元の英雄である元軍人ジャック(クリス・クーパー)を当選させようと目論みます。民主党が本腰を入れてきたと知り、焦った共和党は、同じく選挙参謀として実力のあるフェイス(ローズ・バーン)を派遣。ふたりは選挙のプロとして、ウィスコンシン州の田舎町の町長選で激突、多額の資金を注ぎ込んだ選挙戦を繰り広げるのでした。

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ポリティカル・コメディならではの小気味いい脚本

物語は、ポリティカル・コメディならではのパンチが効いたせりふが応酬する小気味いい脚本が魅力です。わけても、民主党のジマーと共和党のフェイスがお互いにいがみあい、相手を出し抜こうと策を弄するくだりなど、良質なアメリカン・コメディならではの勢いのよさ、痛快さに満ちており、観客を満足させるものです。思想的にはリベラルであるものの、田舎町に住む人びとをどこか見下し、自分は洗練されたエリートだと自負するジマーは、地域の人びとからの信頼を勝ち得るには至りません。彼が町長選挙を応援するのは、民主党にとっての利益を求めてにほかならず、その土地に住む人びとの暮らしを思っているわけではないのです。

しかし、かといって100%利己的な人間になりきるのも難しいのです。ジャックの演説に奮い立つような衝動をよみごえらせたジマーは、なぜ自分が政治の世界へ足を踏み入れたかを思い出したかのように狂喜乱舞します。見ていて素直に胸を打たれるみごとな場面でした。一度は青臭い理想を捨て、現実主義に堕したように見えた男にも、実は内面に熱い理想が残っていたのだという展開には興奮せざるをえません。こうした感情の揺れが描かれる、飛行機での会話など本当にすばらしい。眠っていたエモーションの再起を巧みに演じたスティーブ・カレルに興奮させられると同時に、映画全体が現在の選挙制度や、あまりにも金がかかりすぎる現状に対する警鐘として機能している点にも、たしかな手応えを感じました。ポリティカル・コメディとはまさにこのようであるべきだ、と納得させられたフィルムです。

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