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『みんなのヴァカンス』と、避暑地のぱっとしないロマンス

「可愛げ」にあふれた映画作家

仏映画監督ギヨーム・ブラックの新作『みんなのヴァカンス』を、どれほど心待ちにしたことか。彼の作品にはフランス映画らしい美しさがあり、同時にえもいわれぬ「可愛げ」があるのだ。みずみずしい傑作『女っ気なし』(2011)を初めて見たとき、こんなにキュートな映画を撮る監督がいるなんてと嬉しくなったものである。印象的なショットの数々、ユーモラスな展開、揺れ動く人間関係、どれもが充実した描写ばかりだ。『みんなのヴァカンス』でも、登場人物が赤ん坊をあやすといった何気ないシーンが本当に心地よく、このままずっと見ていたいと思わせる輝きがあった。また、登場人物の顔つき、表情がどれもいい。こうもいきいきとした顔の役者ばかり、よくぞそろえたものだと感心してしまう。フレッシュな色彩の感覚もみごとで、夏の避暑地を舞台にした鮮やかな色の洪水を楽しめるのも本作の魅力だ。

物語の中心になるのは三人の男性。ひとりの男性が、気になる女性にサプライズをしようと、友人を連れ立って彼女が滞在する避暑地へ出かけた。前もって相手に知らせず、突如として旅行先へ現れようと考えたのだ。そのサプライズにつきそう友人と運転手だったが、目的地へ到着したところで車が故障してしまい、運転手の男性は避暑地から帰れなくなってしまった。せっかくならヴァカンスを楽しもうとばかりに、避暑地を満喫する三人。しかし女性の側は、家族とすごす避暑地へ連絡もなく突然やってきた男性の身勝手を快く思っていなかった。かくしてサプライズは惨憺たる結果に終わり、楽しいはずだった避暑地のヴァカンスは、どこかギクシャクとした、ぎこちない時間になっていくが……。

三人の旅

何気ないが充実した時間

何気ないが充実した時間が、『みんなのヴァカンス』のなかには満ちている。そこが本当にすばらしい。たとえば、ふたりの男性が自転車を漕いで山を登るシーンの、のんびりとした雰囲気。あるいは、女性が泳いでいるあいだ、彼女の赤ん坊とたわむれる男性の姿。プールサイドから広がる風景を眺める男性ふたりの会話もすばらしい。ストーリーを決定づけるような劇的な展開などいっさいに起こっていないはずなのに、こうした穏やかなシーンにはどこか、観客に「いままさに映画を見ている!」と感じさせるような本質が宿っている。かんたんに撮れそうに見えて、実際には演出するのがとても難しいであろう、人びとの会話や関係性をスケッチしたシーンが本作の魅力だ。何気ない場面と言っても、誰にでも撮れるわけではない。監督本人が「自分の映画はあまりにフランス的だから……」と説明する通り、この映画における「何気ない時間」の描き方はフランス映画のマナーに沿っている。

避暑地でのヴァカンスと男女の恋模様といったモチーフはエリック・ロメール的で、観客のフランス映画にまつわる記憶を刺激する。そこに、ギヨーム作品の特徴でもある「余計なことをする人」のモチーフが加わったとき、映画はとたんに「可愛げ」が増して観客を楽しませるのだ。また同時に、男女関係、友人関係を描く視点はより現代的にアップデートされているとも感じた。監督によれば、これはアメリカのコメディ映画からの影響もあるという。パンフレットに載っていた監督のインタビューを読むと、ギヨームは『ブライズメイズ』(2012)や『アドベンチャーランドへようこそ』(2009)などを参照したと述べている。私の大好きなフランス映画とアメリカン・コメディの要素がミックスされた作品となれば、悪いはずがなかろう。このような映画を撮るのが実はいちばん難しく、作り手のセンスを問われるのではないかと感じた。このさりげなさの奥には、過去の映画の記憶や、演出のアイデアが無数に詰め込まれているのだ。

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