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デジタルごみ掃除の憂鬱

録画機能つきドアホン

私の住んでいるアパートが、カメラつきのドアホンを設置すると連絡してきた。2ヶ月くらい前のことだ。いままでは、呼び鈴を鳴らしている来訪者の姿が見えなかったのだが、これからは誰が来たのか確認できるようになるという。別に嬉しくない。ただし、この機器の設置はアパート側の判断で、特に私がお金を負担するわけでもなく、また断る権利もなさそうだったので、私の部屋にもカメラつきドアホンがやってくることになった。この機器の特徴は、録画機能である。外出中で受け取れなかった宅配便の配達員、なにかしらの勧誘の人、近所の子どものピンポンダッシュ。ドアの前に立つ人の姿がすべて録画され、後から確認できるのだという。某有名ユーチューバーが、複数の女性を部屋に呼んでいたことが発覚したきっかけといわれる、カメラつきドアホンの録画機能。家へ機械を設置しにきた業者の方に説明を受けつつ、正直「要らんなァ……」と思っていた。とはいえ、カメラなんてどうでもいいというような投げやりな態度は業者の方に悪いような気がして、表面上は「ほぉ〜録画ですか」と興味ありげな声を出しておいた。

それから2ヶ月。家に帰ってくると、ドアホンの機械が青く光っている日がある。お知らせ機能である。誰かが私のアパートに来て、呼び鈴を鳴らしたのだ。この青いお知らせランプは、録画を見てから消去ボタンを押さないと消えない。別に録画は見たくないのだが、そのまま放っておくとずっと青いランプがチカチカしていて、夜中トイレに起きたときなど、気になってしかたがない。だからがまんして録画を見て、消去ボタンを押す。ドアの前に立っている配達員の姿。見てどうなる。この15秒がムダで泣きそうになるのだ。誰が家に来たっていいじゃないか。ただでさえ、メールは日々じゃんじゃん入ってきて、大事なメールとそうでないメールを仕分ける作業をしなくてはならないし、LINEにもいろんなメーカーのお知らせが次々にやってくる。LINEなんて弟以外とはやらないのだが、気がつくといろんな企業が私のLINEにつながっていて、あれこれ送られてくるのだ。「弟からの連絡だったらどうしよう」と思うと一応見なくてはならず、未読の消し込みに時間を使う羽目になる。Facebook経由で連絡してくる知人がいるから、そっちもたまに確認しなくてはならない。それにくわえて、今度はドアホンの録画消去まで始まってしまった。これじゃデジタルごみ掃除じゃないか。もうやってられない。

公園で木の写真を撮ります(もちろんフィルムで)

スマホを捨てられるのか

思えばこんなデジタルごみ掃除に、日々どれだけの時間を使っているのだろうか。まさに虚無、なにも生み出さない時間ナンバーワンである。スマホもパソコンもない時代、私がどれだけ集中して本を読み、映画を見ていたか。途方もない、超絶コンセントレーション状態。すると必然的に「じゃあいまからでも捨てればいいじゃん、スマホなくても生きていけるよ」という話になるのだが、さすがにスマホやパソコンがない状態で令和6年を生きるのはしんどい。人と待ち合わせができないし、行きたいサウナがどこにあるのかわからないし、病院の予約も、銀行の振り込みもままならない。捨てるのはむりだ。生きてはいけるだろうけれど、スマホを捨てて生じる不便を考えるとぞっとする。そんな勇気がとてもわかない。ああ、私はこの便利さとひきかえに、デジタルごみ掃除をしながら生きていくしかないのだろう。そう考えると、なんか憂鬱っていうか、むなしさがこみ上げてきちゃって、ちょっと暗くなった。どうにかならないものなのか。

そういえば、映画『PERFECT DAYS』の役所広司は、スマホもパソコンも、テレビもない部屋でずっと文庫本を読んでいた。写真はフィルムで撮り、音楽はカセットで聴いている。そして部屋で植物を育て、銭湯と居酒屋の気取らなさを愛する。ほとんど反社会的というほどにデジタルを拒絶し、アナログの領域にひきこもった男。あの主人公は意識して、デジタルと喧騒の世界から身を引き、自己をひっそりと守りながら、端正で美しい生活を保っているのだ。すごいと思った。私は役所広司の演じる男性の暮らしに憧れたが、同時に、あの域に達することはできないとも感じていた。だからこそ『PERFECT DAYS』は、見る者になにか強烈な問いをつきつける。君はスマホをさわりながら老いていくのか? イエス。そんな自分を恥ずかしいと思いつつ、私はデジタルを捨てられない。そして毎日、空虚なデジタルごみ掃除をして、貴重な人生の時間を喪失している。その時間で本を読んだり、町を散歩したり、空を見上げたりすれば、どれほどに有意義な時間をすごせるだろうと思いながら、この長方形の画面を何度も何度もこすりつづけて、そのうちに寿命が尽きてしまうのだ。ああっ、恥ずかしい。そして部屋に戻ると青いランプがついている。誰かが宅配便を届けにきたのだ。私は情けない気持ちになりながら、録画を消去して、スマホでNetflixをしばらく見てから寝る。やがて気がつけば老人になり、わりと地味に死ぬのだ。

【映画『PERFECT DAYS』の感想はこちらをどうぞ】

【スキンケアの本を作ったので読んでください】

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