「オリビエ」を聴きながら

杏里の「オリビアを聴きながら」は1978年発売(*1)。
この「オリビア」は言わずと知れたオリビア・ニュートンジョンの「MAKING A GOOD THING BETTER 」のことで、原曲とは異なり、悲しい恋の歌だった。いい曲で、僕のカラオケ(*2)のレパにも入っていた。

で、話は「オリビア」ではなくて「オリビエ」なのだ。

「オリビエ」といえば、僕の中ではオリビエ・メシアンということになる。
初めてメシアンの曲を聞いたのは学生時代。当時所属していた学生オケの夏合宿で、先輩がオープンリールの音源を持ち込んで、皆で夜に聴いた。
曲は「世の終わりのための四重奏曲(Quatuor pour la Fin du Temps )(*3)」というもので、メシアンがナチスの捕虜収容所にいるときに書かれたらしい。
なんとも奇妙な楽曲で、ほとんど初めて耳にする現代音楽だった。
クラシック音楽といえば流麗な旋律、美しい和音という刷り込みがあったから、初めかなり抵抗感があった。
しかし聴き進めて行くと、不思議な絵が見えるようになった。夢の中にいるときのようなとりとめのない形を成さない映像。いつの間にかどんどん引き込まれて一時間近い演奏があっという間に過ぎ去った。そんな記憶がある。

当時(1960年代後半)はまだLPレコードの時代で、特に現代音楽は洋盤がほとんどだったので、大枚を叩いてまでニッチなものを買うことはなかった。なのでメシアンの楽曲もたまに放送されるラジオで聴くのが精いっぱいで、他に聴いた覚えがあるものでいえば『トゥーランガリラ交響曲』(La Turangalîla-Symphonie) だったか。
でも最初の出会いが強烈だったので、メシアンという名前はずっと印象に残っている。

時代はずっと下ってYoutube全盛の今、「何でも落ちてるな~」と感心しきりである。
ふと見かけた「前奏曲集(Preludes)(*4)」を聴いている。メシアンの初期の作品だが、まだドビュッシーやラベルの印象派的(象徴主義的)な色合いの濃い楽曲である。スコアを見ているとラベルの手法とよく似た音使いだと気づいた。

実はこの一週間、DTMに行き詰まっていて、なぜかウード(Oud)とかサズ(Saz)とかの中東音楽ばかり聴いていたのだが、メシアンでまた現実に引き戻された感はある。いや、メシアン風の楽曲を書きたいとか、そういうことではなく、自分が求めてるものが奈辺にあるのか再確認しただけのことではあるが。

現実はまだまだ目先のDAWを使いこなすことに注力しなければならないわけで、「自分の」というものに手が届くのはいつのことになるやら見通せてはいない。課題をひとつづつクリアして行くしかない。
考えれ考えるほど、この世の中には様々な音楽があって、そのそれぞれが魅力的で、それなりの価値を持っていて、果たしてその間隙を縫って「自分の」といえるものを生み出せるのか・・・まあアマチュアがいきなり世界ランカーに挑戦するようなことではあるが、自分に残され時間の中で悪戦苦闘するしかなさそうである。

<注>
(*1)僕がロス・インディオスを辞めて(入れ替わりにシルビアがロス・インに加入し「別れても好きな人」のヒットでブレークに繋がった・・・)、オパの結成に加わった時期で、バンドマンとしては一番華やかな時代だった。
(*2)この頃から世の中ではカラオケが流行りつつあった。ちなみにカラオケでは演歌を歌うのが心地よいことも知った。
(*3)Olivier Messiaen Quatuor pour la Fin du Temps
https://www.youtube.com/watch?v=QAQmZvxVffY
(*4)Olivier Messiaen Preludes
https://www.youtube.com/watch?v=z2pwTP7g7xE&t=1370s


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