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ほどほどにとは

自分の中でこれはアウトプットしておかないと、もやもやが続きそうだと感じたので。

仕事は時間・お金・クオリティの3つのバランスで出来ていると3番目に入社した会社の社長に言われました。今でもそれを教えてくれた社長に強く強く感謝しています。

昨日後輩に自分の描いた構成案の内容が伝わらなかったのか、撮影されてきたものが予定していたものと違ったと相談を受けました。
落胆した様子だったので内容を確認し、状況の確認として案件関係者とやりとりを始めました。
撮影に立ち会ったディレクターとも長文でメールをやり取りしましたが、ディレクターは構成案の内容を理解出来ていなかったのではなく、
その撮影の条件、当日に立ち会ったクライアントとのその場での決定、そもそものコンセプトから総合して今回のクオリティになっていると説明されました。

私はそれについて、沢山の条件が複雑に絡み合う仕事が多い中で、クオリティがほどほどに落ち着いたということかと確認したところ、「ほどほど、ではなく与えられた条件での最高のクオリティ」だと言われました。

ディレクターの言うことはもっともだと思い、ほどほどという言葉を使ったことを謝罪してそのメールを終えましたが、ふと飲み込みきれない感情が残りました。

与えられた条件での最高のクオリティはなんとなく受け身だなと感じたこと、アートディレクターはクオリティを高めるために撮影前の条件を良くするために動き続けるため、もっと出来た事があったのではないかと思ったこと。
ほどほどのクオリティは存在してはいけない事は分かってはいますが。結果今回の案件では時間を味方に仕切れなかったようにも思いました。

時間に負けてしまい、流されてほどほどに落ちついたという感じがしています。手を抜いたほどほどと勘違いをしていたのですが、流されてしまったほどほどが近いかなと感じました。

私たちは仕事が始まったらボートで川を上流から下流にくだっているような感じに近いかと思います。ただ、その川のくだり方やゴールするタイミングがズレると良い仕事だったとは言えないものになります。そのため、もし予定外の方向に流されそうになったら必死で争わないといけないと感じています。今の流れに誰よりも早く気づけるようにしないといけないと気の張りながら。

後輩もヘルプで入った案件でこんなに苦い思いをするとは思ってもみなかったとは思いますが、ほどほどのクオリティが許せないのであれば、ヘルプではなく確実にやり切る覚悟の仕事を選ばせるようにした方が良いかなと思いました。(それもなかなか大変ではありますが)

さあ、この複雑な事態をどのように後輩に説明するのが一番良いかと考えながら悶々と通勤電車に揺られています。(数時間後の自分のパフォーマンスに期待しつつ、悩んだことを一度言葉に落としています)

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