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人形遊び

丸テーブル1台にイスが2脚。夜のように薄暗い部屋。

女)これは壊していく試みだ。キミとボクとを壊していく試みだ。だからどうか最後まで耐え忍んで欲しい。キミのためにボクはいるのだから。この四角くて暗い箱の中で、ボクとキミはたった2人だけ。誰にも代わってもらえはしない。さあ、飲み物でも飲んでゆっくりして欲しい。毒は入れてないから安心してよ。

女、飲み物を飲み干すと、眠る。
男、登場。イスに座り飲み物を飲む。

男)私は夢を見続けている。それはずっと昔から続いている夢だ。世界にはたった1人、私しかいない。私の周りをぐるぐると、色んなものが回っている。けれどそれは、幻に過ぎない。たくさんの幻に囲まれて、私はあなたの影を見る。私はあなたに触れる、けれどすぐに消えてしまう。ああ、あなたと一緒にいられたらいいのに。そうしたら私は幸せになれるのに。

男、背後に回って女の首をかき抱く。

男)起きて。
女)……ん、
男)おはよう。
女)おはよう。
男)ここがどこだか分かる? 今、自分がどこにいるのか。
女)え、どうしたのいきなり。**でしょ。それがどうかしたの?
男)……いや、何でもない。
女)変なの。
男)また、飲んでたの?
女)いいでしょ別に。
男)薬は?
女)飲んでるよ。
男)そう。
女)……言わないんだね。
男)言っても変わらないだろう。
女)そうだけど。あると鬱陶しいけど、ないと寂しいものってない?
男)言わないよ。
女)……今何時?
男)3時。
女)それって昼? 夜?
男)朝だよ。
女)鳥が起きる時間じゃん。
男)鶏がどうして早起きなのかって、知ってる?
女)知らない。何で?
男)天敵から身を守るためだよ。だからコケコッコーって、仲間たちに朝を知らせるんだって。
女)そうなんだ。
男)お茶でも淹れようか? 朝のティータイム。
女)そうだね、お願い。原稿もまだ進んでないし。
男)何書いてるの?
女)秘密。
男)ヒント。
女)人が死ぬよ。多分。
男)それヒントになってない。
女)分からないんだって。書いてみないと。
男)コメディじゃないね。
女)そうだね。
男)泣ける?
女)知らないよ、そんなの。
男)何人?
女)それは言えない。
男)主人公は?
女)……んー、「人」。
男)人が主人公じゃなかったら、何なワケ?
女)夏目漱石。
男)我輩は猫である。
女)とかね。
男)まあ、「人」だっていうのは分かった。男? 女?
女)それって、そんなに重要?
男)?
女)例えば、これが物語だったとして、さっき私が起きたのが始まりのシーンだったとして、私たちのうちどっちが主人公なんだと思う?
男)自分にとっての主人公は自分自身だけど……。
女)外から見たら分かんないよね。少なくとも今のところまでは。
男)要するに、決まってないってこと?
女)そゆこと。
男)ホント進んでないんだね。
女)見ないでよ。
男)ちょっとくらい、いいじゃん。
女)駄目。
男)分かった。見ないよ。
女)書き上げたら一番に読ませてあげるから。
男)ありがとう。
女)じゃ。
男)行っちゃうの?
女)話してたら書けないでしょ。
男)あんまり無理しないでね。
女)分かってる。

女、ハケる。

男) 分かってる。壊し続けなくちゃいけない。壊して、壊して、壊して、壊して……どこまでズタズタに引き裂けばいいんだろう、いつまで苦しみ続けなくちゃいけないんだろう、光が見えるのに手を伸ばしても届かない。喉が焼けるように熱くて、胃がせりかえりそうなほど痛んで、それでも足りない。全然、足りない。

女、現れる。

女) キミは本当にどうしようもないね。バカで、クズで、ノロマでさ。でも悪くないよ、悪くない。ボクはそんなキミが大好きだから。もう少し近くで見ていさせてよ。ボクだけに話して、ボクだけに頼って、ボクだけにすがりついて。その笑い顔も、泣き顔も、怒った顔も、全部ボクのためにあればいい。なんて、言わないけど。……大丈夫?

女、男に手を差し伸べる。男、ゆっくりと立ち上がる。

男)……ありがとう。
女)どういたしまして。
男)じゃ。

男、ハケる。

女)……あーあ。

女、お茶を飲み干して片付ける。
男、開いたパソコンを持って出てくる。

男)あのさ。
女)何?
男)いつも思うんだけど、難しいよね。
女)そう?
男)ある意味、分かりやすいっちゃ分かりやすいんだけど。
女)ふーん。そう?
男)うん、ストレートだけど難しい。
女)そっかぁ。
男)いつ頃から書き始めたんだっけ?
女)分かんない。忘れた。
男)それと、綺麗だけど、ドロドロしてる。
女)あははっ。そーゆーの、好き? 嫌い?
男)嫌いだったら読まないよ。
女)そうだよね。
男)面白いと思うよ。
女)……ありがとう。
男)どういたしまして。

男、女にパソコンを渡す。

女)でも、まだ書き上げたばっかで、見直してないんだよね。
男)勢いで書いたって感じ?
女)うん。
男)凄いね。
女)一気に書いた方が楽だからね。
男)それで所々、誤字脱字あったんだ。
女)え、どこに!?
男)嘘だよ。
女)そんなつまんないとこで嘘吐かないでよ。
男)つまんないところ以外で嘘吐かれても困るんじゃないの?
女)まあね。
男)君はつまんないところ以外で嘘吐いてるけどね。
女)?
男)それ。
女)……ああ! そうだね。
男)書くのって楽しい?
女)んー、まあね。
男)嘘を吐くのってどんな気分?
女)……嘘だけど、嘘じゃないんだよね。夢を見ているときみたいなリアリティにずっと付き纏われている感じ。
男)夢がリアルなのか、リアルが夢なのか。
女)胡蝶の夢だね。……ヒラヒラ、フワフワと自由に飛び回っていた蝶は、蜘蛛の巣に引っ掛かって、食べられてしまいました。でも、それは夢でした。
男)夢オチ?
女)と思ったら、それが夢でした。
男)死んでるじゃん。
女)昔、考えたことなかった? この世界はゲームなんだって。死んでゲームオーバーになったら、本当の世界が待ってるんだって。
男)ないね。
女)そう?
男)そういう話なら、聞いたことあるけど。
女)ふうん。
男)嫌なことでもあったの?
女)何で?
男)何となく。じゃあ、行ってくるよ。
女)どこに?
男)買い物。君のためにたくさん美味しいもの買ってくるから。
女)……ありがとう。
男)どういたしまして。

男、ハケる。

女)ありがとう、だってさ! キミは気付いているのかな、それとも気付かないフリをしているのかな。受け取れば受け取るほど、のし掛かってくる重圧感。差し出さなければいけないという 強迫観念。キミがボクのことを好きなのは知っている。でも、それは作られたまやかしだ。優しいから浸け込まれるんだよ。純粋だからすぐにグラつく。本当は壊れやすいクセに、危ういところで踏み留まっている。それがひどく、そそられる。だけどとても、イラつくんだよね。

女、テーブルの上の飲み物を飲んで、寝る。
男、入ってくる。

男) また、このパターンだ。何度も何度も繰り返す。繰り返せば繰り返すほどダメになるって分かってる筈なのに。どうして繰り返してしまうんだろう。どうして止められないんだろう。いっそのこと、全部諦めてしまえたらいいのに。全部捨ててしまえたらいいのに。暗いところほど、明るいものがよく見える。手を伸ばしても届かなくて、だからとても憧れる。ずっと手元に置いておきたいものほど、すぐにどこかへ消えてしまう。私はただ、あなたと一緒にいたいだけなのに。

男、女の手の甲にキスをする。
女、目を覚ます。

女)帰ってきたの?
男)ただいま。
女)お帰り。

女、男に抱き付く。

男)……どうしたの?
女)ちょっとね。
男)寂しかった?

女、男から離れる。

女)バカじゃないの。ちょっと嫌な夢を見ただけだって。
男)そう。何食べる?
女)甘いもの。
男)分かった。

男、ハケる。
女、手の甲にキスをする。ノートパソコンを開き、カタカタとキーボードを打ち始める。

男)ビターチョコレートに、ホットミルクティーなんてどう?
女)あんまり甘くない気がするけど……許す。
男)前に、甘いものは苦手みたいなこと言ってなかったっけ?
女)甘ったるいものはね。食べ過ぎると胃がひっくり返りそうになる。
男)そりゃ、食べ過ぎればなるよ。
女)なったことあるの?
男)なったことはないけど、見たことならある。
女)そう。
男)すっごく辛そうだったね。
女)……見てたっけ。
男)見てたよ。
女)ついつい食べ過ぎちゃうことって、ない?
男)少食だからね。
女)羨ましい。っていうか、珍しいね。
男)男で少食ってカッコ悪いイメージあるじゃん。だから言わないだけだよ。
女)確かにね。相手の女性に気を使わせたくないからって、わざわざたくさん食べようとする人もいるみたいだし。
男)それ、キツイなぁ。
女)私は、食べたくないのに食べ過ぎちゃうからねぇ。
男)何かが足りないんじゃない?
女)何かって何が?
男)自制心に欠けていて、つねに欲求不満。
女)あははっ。首絞められたい……?
男)自分で自分の首絞めてるのはキミでしょ。
女)まぁ、そうなんだけどね。
男)安心してよ。困ったときはちゃんと絞めてあげるから。
女)それって、私がまるで絞められたい人みたいな言い方。
男)違うの?
女)違うよ。
男)自分の趣味・嗜好は相手に言わないと伝わらないよ?
女)だから違うって。
男)ホントに?
女)ホントに。
男)首を絞められたとき……ひんやりとした柔らかい指の感触が、縄やリボン、ネクタイでは得られないほどの心地よさを伴うことを発見して、
女)何で覚えてるの!
男)印象的だったから。
女)あのね。書いてるからってそうだとは限らないでしょう。この人だったらこう思うのかな、こう言うのかな、って考えながら書くの。
男)へーぇ。
女)私、カニバの話とか人を殺す話とか書くけど、全然そんなことしないでしょ!
男)でも、好きなんでしょ。

男、女に近付く。
女、席を立って逃げる。

女)暴力反対。
男)愛情表現だよ。
女)自己愛じゃないの。
男)それはキミの方だと思うけど?
女)……そうかもね。

男、追うのを止めてイスに座る。ミルクティーを飲む。

男)……どうしてダメなの。
女)どうしてもムリなの。
男)いつまで待てばいい?
女)分からない。
男)怖い?
女)……気持ち悪い。
男)傷付くなぁ。
女)ごめん。
男)嫌なことでもあった?
女)……嫌いな人がいたの。
男)嫌いな人。
女)でもね、私、その人と付き合ってた。
男)付き合うって……何で。
女)敵に回したくなかったから。
男)敵?
女)そう。だから仲良くしてたの。なのに、
男)なのに?
女)……ごめん。
男)いや、いいよ。無理して言わなくて。
女)うん。ありがとう。……もう寝るね。
男)おやすみ。
女)おやすみ。

女、ハケる。

男) ありがとう。って、言わなくちゃいけない義務感。気を使わせてしまっていることに対する罪悪感。自己嫌悪。自己否定。自分はここにいちゃいけない、いると 迷惑だ。ごめんなさい。何もできなくて。ごめんなさい。助けてあげられなくて。ごめんなさい。生きていて。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。

男、自分の首を絞める。
女、現れる。

女)そうやってキミは、首を絞める。手首を切る。髪を引っ張る。頭を壁に打ち付ける。爪を切り過ぎる。唇の皮を剥く。食べ過ぎる。吐き気がするまで。飲み過ぎる。意識が飛ぶまで。薬に頼る。眠りたくて。キミはキミを壊していく。でもね、ボクはそんなキミが大好きなんだ。どうしてだか分かる? 分からないよね、キミには。ボクのことが見えてないんだから。

男)私はずっと一人だった。
女)キミはずっと一人だった。
男)この世界には他に誰もいない。
女)キミはずっと悪夢を見続けている。
男)ただ、あなたの影が見えるだけ。
女)キミにはボクのことが見えていない。
男)好きなのに。
女)キミが見ているのはボクじゃない。
男)私はあなたを追いかける、なのに私は追い付けない。
女)ボクはずっとここにいる、なのにキミは気付かない。
男)触れればすぐに消えてしまう。
女)好きなのに。
男)だから私は繰り返す。あなたに会いたくて繰り返す。
女)いつもキミは繰り返す。同じ過ちを繰り返す。
男)幸せになりたい!
女)幸せにはなれない!

ガラスが割れる音。

男)大丈夫!?
女)平気。
男)でも、ケガしてる。
女)触らないで!
男)!
女)触らないでよ、お願いだから。
男)何で。
女)気持ち悪いの。
男)ごめん。
女)謝らないでよ。
男)……。
女)ごめん、窓割っちゃった。
男)部屋、寒いでしょ。
女)うん……。
男)ベッド、貸すよ。
女)でも、
男)床で寝るから。
女)悪いよ。
男)中途半端なのが一番イラつくんだよ!
女)……。
男)ごめん。
女)……終わりにしよっか。
男)何で。
女)だって合わないし。
男)こんなことで、
女)だって迷惑でしょ!? 私、あなたを傷付けるだけで何もできないもの。私、もう、誰も傷付けたくない。
男)急にそんなこと言われる方が迷惑だよ! もう少し頭を冷やして、考え直した方がいい。
女)考え直した方がいいって、つまり、出ていかないで欲しいってことでしょ? 私がここから出ていくっていう選択肢を奪いたいだけでしょ? 私をここに閉じ込めておきたいだけでしょ!
男)それは違う。
女)違わない! アイツもそうだった、自分の思い通りになる人形が欲しいだけだった! 自分の好きなときに、好きなだけ遊べる人形が。誰に見せびらかしても恥ずかしくないような人形が。けれど誰にも見せたくなくて、閉じ込めておくだけの人形が。
男)それ、君も似たようなものでしょう。自分の思い通りに動いてくれる人が欲しい。自分の好きなときに、一緒にいてくれる人が欲しい。相手には自分のことを好きでいて欲しい。けれど自分は相手のことを好きにはなれない。そんな自分を許してくれる都合のいい人が欲しい。
女)違う、
男)違わないよ。認めたくないだけ。
女)そんなつもりじゃなかったの!
男)じゃあ、どういうつもりだったの?
女)私はただ、すごく苦しくて……終わらせたいのに、終わらなくて。ずっと助けて欲しかった。あなたは手を差し伸べてくれるけれど、決して救ってはくれなかった!
男)そうだね。僕は君を助けないよ。ただ、手伝うだけ。……檻の中に閉じ込められたままでいるのと、檻の外に出てあっという間に死んじゃうのとでは、どっちがいい?
女)……何。
男)助けてあげようか、って言ってるの。
女)できるの? そんなこと。
男)できるよ。だから、虐げられるのと殺されるのではどっちがいい?
女)何、その選択肢。
男)君を苦しみから解放するための2つの方法。
女)どっちも嫌。っていうか、余計に苦しみ増えるでしょ!
男)分かってないなぁ。君はさ、食べ過ぎちゃったり飲み過ぎちゃったりして、気持ち悪くなって、自己嫌悪に陥っちゃう訳でしょ。だったらそうならないように僕がしつけてあげればいいじゃん。そうすれば全部僕のせいだから、君は自己嫌悪に陥らずに済む。次、殺されるときは確かに苦しいかもしれないけど、それさえ我慢すれば、苦しみとは金輪際さようならできるよ?
女)随分簡単に言うんだね。
男)できないんじゃないかって言いたいの?
女)だって、そしたらあなたはどうなるの?
男)前科者になるかもね。
女)……やっぱり、無理だよ。
男)怖じ気付いた?

女、首を横に振る。

女)絶対後悔するから。あなたにそういうことさせちゃったら、私、自己嫌悪になる。
男)今更、
女)ごめんね。私、もっとちゃんとするから。
男)僕に気を使ってるつもり?
女)ありがとね。
男)別に。僕は何も、
女)側にいてくれただけでも嬉しかった。でも、もうお人形さん遊びはしていられないんだね。
男)……気付いたんだ。

女、頷く。
男、女の額に手を当てる。

男)君の行く先にいつも光がありますように。

女、眠りにつく。

男)君の悩みも、苦しみも、すべては君自身のものだ。誰にも肩代わりはできない。だから僕は、君の隣にいるよ。困ったときはいつでも呼んで。話し相手くらいにしかなれないけど、それでいいかな。

男、去る。
女、目を覚ます。窓を開ける。テーブルの上のものを片付ける。

女)よしっ。

チャイムが鳴る。

女)はーい!

パタパタと、元気よく飛び出していく。

幕。

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