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死ぬまでにこの本は読んどけ#1-貴志祐介-【ブンガク×オンガクVol.4】

「オンガク」で3記事ほど書いたので、今度は「ブンガク」方面で書いてみようと思う。

現在、日本では1日に200冊以上の新刊書籍が発行されている。
巷で「読んでおくべき」とされている本だけでも、一生のうちに読み切るのは不可能な量だ。

一方で書籍の売り上げは、年々下がり続ける一方。本を全く読まないという層も増えている。
本を愛する者の一人としては、この状況がとても悲しい。

これだけ多くの書籍で溢れる時代において、どれから手を付けてよいか分からないという方も多いだろう。
行動経済学の分野では、選択肢が多すぎて選べないことを「選択のパラドックス」というが、そのせいで本が読まれないのもどうなのか。

ということで、誠に勝手ながら、押しつけがましくも、僕が紹介したい本を今回から喧伝していくことにする。
「何を読んでいいか分からん」という方は、まずはここで紹介した作品でも読んでみてはいかがだろうか。

僕は主宰する劇団で「近代文学翻案シリーズ」というものをやっており、谷崎潤一郎への愛をつらつらと語ってもいいのだけど、まずは現代文学から紹介していきたい。
何事にも順序というものがある。

エンタメ文学の雄「貴志祐介」

今回、紹介したい作家は、貴志祐介氏だ。

氏は第一回山田風太郎賞(ゴリゴリのエンタメ作品に贈られる、2010年創設・KADOKAWA主催の文学賞)を受賞するなど、数々のエンタメ話題作を発表してきた人気作家である(第一回山田風太郎賞では、有川浩、綾辻行人、森見登美彦らを抑えての受賞だった)。

映画化された『悪の教典』、ドラマ化された『鍵のかかった部屋』、アニメ化された『新世界より』など、名前は聞いたことのある作品も多いだろう。

日本ホラー大賞からデビューし、その後にミステリィやSFなどフィールドを広げていった懐の広い作家で、著作はなかなかに多い。

今回は、氏の代表的な作品を紹介するので、好きなジャンルや内容の小説に目が留まったら、ぜひ手に取っていただきたい。

まずはこれを読め『クリムゾンの迷宮』1999年

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藤木芳彦は、この世のものとは思えない異様な光景のなかで目覚めた。視界一面を、深紅色に濡れ光る奇岩の連なりが覆っている。ここはどこなんだ? 傍らに置かれた携帯用ゲーム機が、メッセージを映し出す。「火星の迷宮へようこそ。ゲームは開始された……」それは、血で血を洗う凄惨なゼロサム・ゲームの始まりだった。
(Amazon紹介文より)

貴志祐介作品にハマるかどうか、その試金石として最適なのは『クリムゾンの迷宮』だと思っている。
彼の特徴がコンパクトに詰まった一冊だからだ。

社会現象を巻き起こした『バトル・ロワイヤル』が刊行された1999年、『クリムゾンの迷宮』も角川ホラー文庫から、ひっそりと刊行された。

バトロワと同じく「気づけばデスゲームに参加させられていた」系の作品であるが、参加者は良識ある大人たち。当然、すぐに殺し合いは始まらない。
謎の主催者が「火星」だと主張する荒野にて、ルールに従いながらも、日本的な話し合いで事態打開を目指す参加者一同。
しかし、ビールを隠したりといったちょっとした狡さから、主催者の巧妙な罠によってデスゲームが熱を帯びていくこととなる。

バトロワと違い、登場人物が大人であるため、デスゲームに対して、ロジカルに取り組む姿が実に面白い。
この知的な切り口が、貴志作品の特徴の一つだ。

「怖いのはやっぱり人間」系のホラー要素、ロジカルに展開するサスペンス・ミステリィ要素、そして「ここまで詳しく描写するのか」という生態系や設定への偏執的細部描写など、貴志祐介の魅力が凝縮されている。

普段、本を読まない人にこそ、読んでいただきたい作品だ。

貴志ホラーを楽しむならこれ『天使の囀り』1998年

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北島早苗は、終末期医療に携わる精神科医。恋人の高梨は、病的な死恐怖症(タナトフォビア)だったが、新聞社主催のアマゾン調査隊に参加してからは、人格が異様な変容を見せ、あれほど怖れていた『死』に魅せられたように自殺してしまう。さらに、調査隊の他のメンバーも、次々と異常な方法で自殺を遂げていることがわかる。アマゾンでいったい何が起きたのか? 高梨が死の直前に残した「天使の囀りが聞こえる」という言葉は、何を意味するのか?
(Amazon紹介文より)

第4回日本ホラー小説大賞を『黒い家』で受賞した貴志氏は、デビューからしばらくホラーを書いていた。

『黒い家』以降、一貫して「怖いのは結局人間だよね系ホラー」を展開していたが、本作はまさにその真骨頂、「人間が変質していく」という恐怖だ。

人々が「自分が一番怖いと思うもの」に魅せられ、自殺していく様は本当に恐ろしい。
蜘蛛恐怖症の男は蜘蛛を喰らい、潔癖症の女は汚水で溺死する。

恐怖の対象は人によって違うが、このホラー作品の秀逸なところは「恐怖の対象が可変的」であることだ。
もし読者であるあなたが「蛇が怖い」のであれば、「ある日、毒蛇の巣へ飛び込んで行ってしまうかもしれない」という恐怖と戦いながら、本書を読むことになる。

もちろん、この現象に「ロジカルな説明が加えられる」のが貴志作品のさらに恐ろしいところで、第2回日本ホラー大賞を受賞した瀬名秀明作品などもそうだが、この時代の特徴でもあるのだろう。

個人的には、歴代最高のホラー小説だと思っている。

貴志ミステリィを楽しむならこれ『青の炎』1999年

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櫛森秀一は湘南の高校に通う17歳。女手一つで家計を担う母と素直で明るい妹との3人暮らし。その平和な家庭に、母が10年前に別れた男、曾根が現れた。曾根は秀一の家に居座って傍若無人に振る舞い、母の体のみならず妹にまで手を出そうとする。警察も法律も家族の幸せを取り返してはくれないことを知った秀一は決意した。自らの手で曾根を葬り去ることを……。完全犯罪に挑む少年の孤独な戦い。その哀切な心象風景を精妙な筆致で描き上げた、日本ミステリー史に残る感動の名作。
(Amazon紹介文より)

貴志ミステリィでいえば、第58回日本推理作家協会賞を受賞した正統派『硝子のハンマー』や、ドラマ化された『鍵のかかった部屋』もあるが(いずれも防犯探偵・榎本シリーズ)、謎解き部分でなく、物語の良さという観点から『青の炎』を推したい。

誰にもバレずに養父を殺そうと決意する男子高校生が、知的に繊細に策を練る様子が、淡々と、しかし丁寧な心象風景と共に描かれており、青春小説としてもハマる人にはハマる内容の作品だ。

いわゆる犯人側の視点で描かれるクライムノベルでもあるが、ジャンル特有の哀切感が堪らない一方で、刑事との応酬はサスペンス的な緊迫感を湛えており、貴志作品のエンタメ的な巧みさを感じられること間違いなし。

ちなみに、2003年には蜷川幸雄が監督となり映画化もされている。
嵐の二宮くんと、松浦亜弥が主演で、映画としては原作の良さを引き出しきれたとは言い難いが、養父役で山本寛斎が出演していたり、一見の価値ある作品だ。

貴志の細部描写を楽しむならこれ『新世界より』2008年

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1000年後の日本。豊かな自然に抱かれた集落、神栖(かみす)66町には純粋無垢な子どもたちの歓声が響く。周囲を注連縄(しめなわ)で囲まれたこの町には、外から穢れが侵入することはない。「神の力(念動力)」を得るに至った人類が手にした平和。念動力(サイコキネシス)の技を磨く子どもたちは野心と希望に燃えていた……隠された先史文明の一端を知るまでは。
(Amazon紹介文より)

紹介文を読む限り「量産型マンガ・アニメ?」と思うかもしれないが(実際マンガ化もアニメ化もされているが)、この荒唐無稽なストーリーを「なるほど、ロジカルだな」と思わせるのが貴志祐介のすごいところだ。

とにかく、生態系から、社会システムから、何から何まで徹底的な取材をもとに構成された細かな描写には度肝を抜かれる。
しかも、単に衒学的なわけでなく、それが物語を動かすファクターになっている点がエグイ(誉め言葉)。

1000年後の世界を描くために、コンクリートの耐用年数を調べて物語に組み込むとか、ハダカデバネズミの真社会性を物語の核に据えるとか、とにかく知的好奇心をくすぐること、この上ない。
ボノボの習性を利用した社会システムから、同性愛ラブシーンへと繋げるなんて、ほかに誰が書けるんだ。

ちなみに、本作は第29回日本SF大賞を受賞し、貴志氏の代表作と呼べるだろう。
文庫版上・中・下と三巻セットに気後れするかもしれないが、睡眠不足になること間違いなしと保証したい。

貴志作品の原点『黒い家』1997年

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若槻慎二は、生命保険会社の京都支社で保険金の支払い査定に忙殺されていた。ある日、顧客の家に呼び出され、期せずして子供の首吊り死体の第一発見者になってしまう。ほどなく死亡保険金が請求されるが、顧客の不審な態度から他殺を確信していた若槻は、独自調査に乗り出す。信じられない悪夢が待ち受けていることも知らずに……。
(Amazon紹介文より)

貴志氏の名を世に広めた出世作『黒い家』を、最後にご紹介したい。

デビューは、第3回日本ホラー小説大賞で佳作を受賞した『十三番目の人格 ISOLA』であるが、貴志を人気作家に押し上げたのは、間違いなく本作だ。

元々、保険会社に勤務していた貴志氏による、淡々としながらもリアリティ溢れる描写と、終始漂う気持ち悪さは、人間の持つ底知れぬ悪意を丁寧に浮かび上がらせている。

派手な展開のあるわけでなく、超常現象が起こるわけでもなく、ほんとにただただ気持ち悪い。

この人間の深部にある気持ち悪さへの探求が、どの作品にも通底してありながら、エンタメ作品として丁寧にロジカルに面白く完成させる筆力はなんたるものか。

社会にサイコパスが紛れ込んだらどうなるかという思考実験からスタートした『悪の教典』、将棋アマチュア三段の腕を活かして新たなゲームを創り上げた『ダークゾーン』など、(このへんの作品は正直僕の好みには合わなかったけど)とにかく知的好奇心の向かった先の対象を作品化するという姿勢は、作家という職業の本懐なのかもしれない。

ちなみに『黒い家』は、森田芳光監督で映画化もしている。
大竹しのぶの、まさに怪演と呼ぶに相応しい暴れっぷりが堪能できる。


ということで、今回は貴志祐介作品について特集してみた。

昔から大好きな作家で、人に勧めても好評をいただくことが多いので、今回文学紹介のトップバッターに選ばせていただいた。

別に芥川や太宰だけが文学じゃない。
現代エンタメ小説でも、面白いもんは面白い。
好きな小説から足を踏み入れ、そして最終的には谷崎の沼にハマって欲しいと思う今日この頃である。


(筆者)キャンディ江口
キャンディプロジェクト主宰。作家、演出、俳優。
近年は「ブンガク×オンガク」をテーマに舞台作品を発表している。
映像出演時は「江口信」名義。(株)リスター所属
Twitter:@canpro88
HP:http://candyproject.sakura.ne.jp/

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