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『銃器使用マニュアル』から読み解く“銃の現実” その2

今回は、銃撃戦の現実と、銃で撃たれると人間はどうなるのかを書いていきたいと思います。

【キーワード解説】

銃創
銃火器から発射された銃弾による損傷のこと。

空洞現象
弾丸が人体に与えるダメージを、銃創学では『空洞現象』と言います。空洞現象には、『瞬間空洞』と『永久空洞』の二種類があります。
弾丸が体内を高速で通過する際に、周辺の組織を外側に押し広げて行く1/1000秒の間に起こるのが瞬間空洞です。この空洞は、弾丸の直径よりもはるかに大きいものとなり、波動は徐々に収束しながら、やがて消滅します。
この瞬間空洞が人体の復元力によって元に戻ると、弾丸によって破壊された空洞のみが残ります。これを、永久空洞といいます。

前回はこちら↓


ハンドガンのストッピングパワー

ストッピングパワーとは?

まず最初に、ストッピングパワーはキリングパワーではないと言うことです。頭部を炸裂させるならまだしも、胴体や胸部にハンドガンの弾を1発命中させた位では、人間を即死させることができません。

ハンドガンのストッピングパワーには様々な定義ありますが、アメリカの警察での定義では以下のようになります。

【ヒットしたハンドガンの弾丸が、攻撃的な犯罪者を行動停止に陥らせる力】
即死ではなく、停止であることに注意。また、ここでいう“力”は、弾丸をヒットさせてから、攻撃者を停止させるまでの時間を意味している。

ちなみになぜハンドガンにこだわるのか?これはセカンドバックやポケットに収まる位のサイズであるハンドガンが緊急時には適任であり、ライフルやショットガンはかさばってしまうからです。

なぜ人は撃たれて倒れるのか?

打たれた人間が行動停止になるには、3つの要因があります。

①撃たれたことによる心理的リアクション
②神経断裂によるリアクション
③大量出血による血圧低下

①心理的リアクション(撃たれたら死ぬという“呪い”)
デトロイト警察に勤務していたエヴァン・マーシャルは何千件もの銃撃戦について調査したところ、撃たれれた部位が致命傷でもないのに、弾丸がヒットしてから即座に行動停止に至ったと言うケースは40〜50%もあったことを突き止めたそうです。

これは“俺は撃たれた…もうダメだ…”といった脳にプログラムされた記憶に基づく反応です。これは、撃たれたら倒れなければと言う思い込みが知らず知らずのうちに頭の中に刷り込まれて、例えば腕を撃たれたとしても、記憶組み込まれた、とにかく銃で撃たれるとこうなるという回答に電流が流れ、行動停止につながるのです。筆者はこれをブードゥー教の呪いの“針と人形”に例えています
 
とあるケースでは、体格の良い警官が強盗に遭遇し、銃撃をされました。弾は警官には命中してはいませんでした。しかし警官は胃のあたりに鋭い痛みを覚えて仰向けに倒れ込んでしまったそうです。これは、バン!と言う銃声だけで身体が過剰反応してしまうことがあることを示しています。

もっと極端な例では、若い警官が腕を25ACP(秒速232mの低威力で知られる拳銃弾)で撃たれた際に、彼は服の上の射入口を見た途端に倒れ込み、そのまま死んでしまったそうです。彼の頭の中では、無意識のうちに“撃たれたら死ぬ”と言うプログラムが出来上がっていたのです。

②神経断裂によるリアクション(求められる射撃の腕前)
頭部、脊髄への銃撃によって起こる中枢神経システムの断裂は容易ではありません。人間を背中から撃たない限り、脊髄はストッピングゾーンにはなりません。少なくとも警官や、護身目的で銃を所持する者にとって、背中から撃つようなシチュエーションはほぼありえません。

超至近距離やライフル弾ならまだしも、ターゲットに対しある程度の距離があると、ハンドガンでは、中枢神経を破壊するような十分なエネルギーを発生することができません。また、抵抗の大きい体内では弾丸の偏向も大きく、まっすぐに貫通することも難しいのです。

では、どこを狙えば良いのか?頭を撃てば良いのです。脳を破壊すれば、攻撃者は間違いなくその行動を停止します。しかし、頭部、特に眼窩周辺を狙う事は、かなりの射撃の腕前を求められます。

額より上に弾丸がヒットした場合、頭蓋の硬く厚い凸型形状で跳弾の恐れがあります。また弾丸が頬のあたりに命中すると、頭蓋と同じく、硬くて丈夫な頬骨や歯にあたって停止するか、跳ね返ってしまう可能性があります。

脳を確実に破壊するためには、眼窩もしくは鼻中隔に弾丸を滑り込ませるなければいけないことになります。このサイズは成人ならば約5 × 10センチ四方になります。犯人が動いていたり、そして襲われると言うストレスに晒された状態で、ここを的確に狙うのは容易ではありません。

③大量出血による血圧低下(重要になる弾丸の種類)
攻撃者を不能にさせる最後の手段は、大量出血から血圧を低下させ、血液の循環を阻止する方法です。

まず、失血死を引き起こすには、全血量の1/3以上を出血させなければいけません。全血量は成人で、体重の約1/13とされています。これに相当する血液を出血させるには、数発撃ち込むのが理想ですが、一発必中にこだわった場合、口径や弾丸の選択にかなりの工夫が求められます。出血量を増大させるには、それに見合っただけのダメージを組織に与えなければいけません。

なぜ撃たれても倒れない人間がいるのか

弾が命中したのにもかかわらず、全く倒れない人間がいます。それには4つの原因が考えられます。

①ボディーアーマーの着用
②ドラッグによる知覚麻痺
③アドレナリンの大量放出
④そもそも命中していない

①ボディーアーマーの着用
強盗などを犯す犯罪者が高価なボディーアーマーを着用している可能性は低いですが、決死の襲撃を試みる武装テロの場合は考えられるそうです。

②ドラッグによる知覚麻痺
ドラッグといっても、多種多様ですが、攻撃性を亢進させ打たれたことすらわからないほど、感覚を鈍摩させてしまうドラッグといえばPCPぐらいであるそうです。また、アルコールもドラッグの1種であり、酩酊状態では撃たれたことに気が付かず、酔いが覚めた時点で初めて銃撃されたことに気がついた、というケースもあるそうです。

③アドレナリンの大量放出
たとえ撃たれても、ちょうどその時にアドレナリンが大量に放出していれば一時的ではあるにせよ無痛状態になります。アドレナリンは、防御者よりも攻撃者、追跡者よりも追い詰められたものなど窮地に陥った側の方が多く分泌するようです。1人の犯人に向かって数名の警官が何発も銃を発射するのもアドレナリンが関係しています。

またアドレナリンは攻撃性を亢進させる効果もあります。今まさに犯罪を起こそうとしている人間には、心の準備と言うものが当然できています。それと同時にアドレナリンも大量放出されているため、これから起こるであろう戦闘に対する精神的、肉体的準備は被害者に比べると圧倒的に犯罪者の方が優位になります。

④そもそも命中していない
意外にも、弾が命中した“はず”なのに倒れない場合、このケースが1番多いとのことです。たとえ、警官であっても射撃の腕がお粗末であることは多々あるそうです。また、年間でかなりの数の警官が自分で自分を誤って撃ってしまっているそうです。最も多いのがホルスターから中を抜いた時と、戻すときに起きています。次に多いのは同士討ち。そして射撃準備の解除時に起きているそうです。

FBIの教訓:本当のストッピングパワーとは

マイアミ銃撃事件

マイアミ銃撃事件をご存知でしょうか?

1986年4月11日、フロリダ州マイアミにおいて5.56mmライフル弾を発射するルガーミニ14で武装した2名の男がFBI捜査官を銃撃し、2名を殺害、5名の負傷者を出した事件です。2名の男は銃撃戦後、最終的に射殺されましたが、この事件で法執行機関のエリートであるFBIの面目が丸つぶれとなりました。この事件を契機に、FBIは戦術はもちろん、口径の選択そして採用している弾薬の種類までも再検討する必要に迫られたそうです。

検死で判明したこと

検死によって、1人の男の体からは口径9ミリホローポイント弾1発と38口径のホローポイント弾5発の計6発、もう1人の男からは12発が回収されたそうです。FBI捜査官らが放った銃弾は1人に6発、もう1人には12発が間違いなくヒットしていたことになります。それにもかかわらず、彼らは一定期間応戦し、そしてFBI捜査官を殺害、負傷させたのです。さらに驚くべきことに、彼らの血液から痛感を鈍らせるようなドラッグ、アルコールの類は検出されなかったそうです。

銃創学の権威らがまとめたハンドガンストッピングパワー

マイアミ銃撃事件の翌年、FBI主催の元、各州の銃創学の権威が一堂に会し、銃創学講習が開催されました。そこでハンドガンのストッピングパワーに関する最高の論評がまとめられたそうです。結論から言えば、ハンドガンの弾丸に限っては銃創の程度と瞬間空洞の大きさ云々はあまり関係ないようです。以下に要点をまとめます。

・中枢神経システムを直撃する場合を除き、対象を完全不能に陥らす弾薬は(ハンドガンにおいては)存在しない。完全不能を達成するか否かは、個々の対象の肉体、精神、心理状態、さらにドラッグ、アルコール、アドレナリンの有無によって大きく左右される。

・心臓を破壊したからといって即、完全停止にはつながらない。酸素供給が絶たれても、脳内には僅かであるが活動を可能とする酸素が残っている為。また仮に拳銃の弾丸が心臓を貫通しても、対象は約90秒間は行動が可能だと考えられる。

・ライフルと違って、ハンドガンの弾丸の場合は、瞬間空洞は銃創に貢献しない。これは運動エネルギーの消費が人体へのダメージにつながらないということ。むしろ弾丸が直接コンタクトした組織だけが充足になる。したがって、弾丸には深く身体(内臓器官)を貫通することが求められる。

・中枢神経システムの破壊を除いて、対象を完全停止へと導くには大量出血させるしかない。したがって、弾丸には筋肉、脂肪、衣服、腕などを貫通し、上大静脈下大静脈大動脈弓上腸間膜動脈を断裂させる貫通力が求められる。その為には、弾丸には柔組織を約25〜30センチ貫通するだけのパワーが求められる。


…長くなった為、その3に続きます。


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