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感情がぐらんぐらんになる西川美和監督の「すばらしき世界」


人間の業を描く西川美和監督

人間の業が見える物語が好きだ。
いつからか、清く正しく、勧善懲悪的なストーリーには、あまり感情が動かなくなった。

西川美和監督の作品は「ゆれる」以降、ほとんど劇場に足を運ぶほど好きだ。だから、今回の「すばらしき世界」は、公開前からとても楽しみにしていた。

彼女の作品は、毎回、人間の業が見事に描かれる。
人間のずるさ、醜さ、傲慢さや欲深さなどと、優しさ、正直さや愛くるしさなどは、誰もが持ち合わせる感情として描かれ、それらは背中合わせなことを、ときに残酷に、ときに可笑しみをもって教えてくれる。
そして、「正論」が決して「正解」や「正義」ではないことを考えさせられる。

刑務所を出所した男のはなし

新作の「すばらしき世界」は、殺人を犯した男が満期で出所してからの物語だ。その男、三上を演じるのが役所広司。
まず、この男が出所直前に、犯した罪を反省していない心情を吐露する。
彼には彼の「正義」があるのだ。

出所した彼が、テレビプロデューサー(長澤まさみ)に託した「身分帳」。
10代からの犯罪履歴を含めた“バイオグラフィー”が記されたものだ。
それをさらに託され、追いかけるよう命じられたテレビディレクター(仲野大賀)と殺人犯の取材から物語は転がり始める。

10数年ぶりのシャバ。
社会に戻ってきた三上は、全編において、身元を引き受ける保護司の夫婦、近所のスーパーの店長、昔の兄弟分、役所、免許試験場の窓口、自動車教習所のひとたちなどとの関わりから、ときには優しさを、ときには厳しさを受け、そのたびにいちいち喜怒哀楽をあらわにする。

その時々の、三上の表情、所作の豊さ…役所広司すごい。
以前から好きな役者さんだけど、もうホントなんて言っていいのか…すごいしかない。

あれ?観客じゃなかった?!

観客として観ていたつもりが、関わるひとたちの優しさにほっこりしたり、社会の厳しい現実にぎゅっとなったり…あれ?これは三上に感情移入してる?と、ふんわり思っているところに、長澤まさみが、仲野大賀に激昂して放つ台詞で、冷や水を浴びたかのように、はっと我に返る。
やっぱり、自分も何もしない傍観者なんだと。仲野大賀サイドなんだと。

そして、もうひとつの感情としてあるのが、三上の「怖さ」。
これが、前述の出所前の彼の正義と同様に、物語の端々に描かれている。
僕にとっては、結果的にこれが伏線になっていた。

感情移入は役所から仲野へ

後半〜終盤、僕の気持ちは完全に仲野大賀だった。
にっちもさっちもいかない状況に、昔の仲間を頼る三上に、「やっぱり戻っちゃうの?!」って心配してた。
就職が決まったお祝いの席で、梶芽衣子の歌を聞き終えて、マジで拍手しそうになった。
就職先でのいじめを目にしたときは「えーーーっ、ダメだよーーー!!」ってなった。
もう、こうなると、感情は西川美和監督の術中通り。
彼女の手の中なんじゃないか。

感情は仲野のまま、ラストを迎える。
ここでの、仲野の芝居が素晴らしい。
なんか、いろんな作品にちょいちょい出てるなーって印象だったけど、どえらい芝居。恋愛ドラマに三枚目役で出なくてもよくない?って思うくらい。

めちゃくちゃ好きになったぞ、仲野大賀!

ラストシーン、兄弟分の姐さんの台詞とリンクした画で、劇中、何度目かの落涙。そこで出てくるタイトル…完璧。

観客としての感情が、傍観者として、三上として、しまいには津乃田(仲野)として、ぐらんぐらんに移っていく、とんでもない映画。

西川美和監督は、毎回、自己新記録を更新していく。


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