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今更「きのう何食べた?」を見た話(しかもseason1)

長らく投稿が空いてしまいました。継続することの難しさたるや。

さて本題、よしながふみさん原作の「きのう何食べた?」。
先日よりseason2の放送が始まったと巷で話題になっていて、
今更ながら、season1(2019年放送)の第1話を拝見してみました。

以下は、まだ1話しか見ていない人間の感想になるので、この後の展開次第では的外れというか、わかってないやつと思われるかもしれない。
でも全話を見られるかは自信がないので、今現在思っていることを書き残しておこうと思う。

はじめは、プロモーションの雰囲気的に、おじさん2人のほっこりとあたたかな家庭を描いて、それに視聴者も魅力を感じているのかなと思っていた。
不景気で、不安定な現実に嫌気がさしている時って、それに相反するような平和なお話というか、日常にある小さな幸せを描いてくれるようなお話は、お茶の間を和ませることが出来るんだろうな、と。

でもこの作品はそれだけではなくて、同性愛、っていうテーマの根深いところにもちゃんと突っ込んで、丁寧に作られているんだろうなという風に感じた。「BL」なんて軽い言葉で済ませないで、私のすぐ隣で肩身の狭い思いをさせられているかもしれない人たちの幸せともやもやを、両方描こうとしているように感じた。

とはいえ、私は異性愛者と断言できるほど異性を愛したこともないし、
同性愛者かと思えるほど同性を愛したこともない。
だから、当事者の方達が何をどう思うのかは分からないのだけど。

さて第1話の感想。

賢二と史朗さん、どちらかが女役で、どちらかが男役と明確に分かれていない感じがよいな、と思った。同性愛を描いた作品は他にも何作品か見たことがあるけれど、男女の役割が暗に割り振られているように感じる時がある。

おおらかで、家庭的で、包容力あって、でもか弱げな人と、
堅実で、誠実で、プライド高めで、でも不器用な人、みたいに。

この場合、どちらとも男性、または女性が演じても、ああ、前者が「女性役」なんだろうなって思ってしまう。あからさまになよなよとしていたり、「女性らしさ」を出そうとしているように見えてしまうというか。

でも、「何食べ」にはそれを感じなかった。

確かに1話を見る限りでは、賢二は前者寄りで、史朗さんは後者寄りと見ることも出来るかもしれない。だけど、二人ともそういう「男っぽさ」「女っぽさ」という型にはまったキャラクターではないような気がした。

たとえば、賢二みたいにおおらかな奥さんもいれば、賢二みたいに細かい事を気にしない旦那さんもいる。
たとえば、史朗さんみたいに家のことをきっちりやりたい奥さんもいれば、史朗さんみたいに人前で弱いところを見せようとしない強がりな旦那さんもいる。

どちらかに女役、どちらかに男役を振り分けてパートナーとして成立させているのではなくて、それぞれ違うものを持っている人間2人として描かれていて、だからこそ、お互いに惹かれあって、補いながらも一緒の時間を過ごしているのだろうな、と、1話の僅かな時間ながら腑に落ちたというか、説得力を感じた。

まあ、先にも書いたように私は人を愛することに疎いもので、
2人がどんな感情で一緒にいるのかはよく分からないし、
当事者本人でもない立場でこんなことを言ってはいけないのかもしれないけど、

だれもが、一緒にいたいと思える人同士で、ただそれだけの理由で一緒にいることが出来たら良いのにな、と思った。
安っぽい感想だけど、そう思わせてくれるドラマだった。

2話以降も見る時間を作らないとな…

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