スト2ダッシュ時代②

時間帯が当時厨房だったので夕方5時門限の俺は夜のビッキーズ常連に出会うことが出来なかった。ので、出会うことが出来た記憶にあるビッキーズの猛者を何人か当時呼ばれていたプレイヤーネーム付きで簡単にあげていく。

インダス氏


ビッキーズで一番最初に話したダルシム使い。連勝記録が張り出されてるところに名前があったが本人曰く「強いやつが居ない中で空き巣みたいな感じで勝ったからあんまり誇れない」と言っていた。
ダルシムの恐ろしさを一番最初に教えてくれた人でもある。
ダルシム同キャラで折檻からドリル頭突きあてたら裏周りスラスト2発でピヨるのを教えてくれた。超使える。

眠れる獅子

プレイヤーネームはわからんけど、ビッキーズに行くとよく画面端で寝てた。
(ジェネティー氏に聞いたらどうやら清水さん、と呼ばれてたらしい。) 
稲田氏曰く連勝ストッパーらしく、そんなに強くないんだけど何故か勝つらしい。なので、連勝中のプレイヤーが居ると起こされるというある意味可哀想な人w
(いや営業中のゲーセンで寝るなよw)

ジェネティー氏


2回目くらいにまさみやの一軍みたいな面子(上田兄、俺、四十山あたり)でビッキーズへ行ったときに二人が声を揃えて
「やべーよ、あのチュンリー何でも空中投げするんだけど!スト2か???」
と言ってたので見てたら確かにリュウケンの飛び込みをポイポイ投げてて、相手が技を早めに出したらしゃがんでかわし着地を投げる。完全に相手を手玉に取ってて、当時の俺の印象としては「勝てる気がしない」。
(実際一度も勝ってないし、この前大体25年く位ぶりに対戦したがやはり負けたw )
ちなみにしばらくチュンリーを使って似たような戦い方をしてみたが、やってみて思い知らされたのがあそこまで空中投げにいくのに度胸も持てなかったし、対空も結局サマーに頼ったりしてきまい相手を手玉に取れないので「こんなん一朝一夕で出来ない、無理!」と思い知らされただけだった。

わたけん氏


NFC会長。ビッキーズで最初に見て驚かされたブランカ使いの一人。当時ブランカの連続技と言えばピンポンパン位だったが、彼のブランカはピンポン…ローリング!?ってなった
(ジャンプ大パンチ→中パンチ→ローリング)俺の居ない日にビッキーズへ行った四十山というラーメン屋の息子が観たと証言してたが、周りは誰も信じずある意味都市伝説みたいな扱いだった。
少し打ち解けた?頃に上のコンボの話をしたら
「あぁ、こうやるんだよ」
とまるで朝飯前と言わんばかりに見せてくれた。多分ダッシュ時代器用四天王を作るとしたら、間違いなく彼は入る。
たまプラと呼ばれるフェイント(ガイルのしゃがみアッパーで立ってサマー溜めを解除したように見せ掛けるもの)が大嫌いで、稲田氏(多分プレイヤーネームで書くと怒られそうなので呼んでた通りに)と対戦してた時に「さすがにもう引っ掛からない」と言いながら3回ジャンプしてサマーで斬られてた。

当時大型ゲーム量販店の地下にあった買い取りセンターみたいなところで働いてて、当時の俺はゲームを買っては売ってを繰り返してたので、彼に「こいつ万引で生計立ててるとか」と不審がられてた疑惑がある。

稲田氏


連勝記録のところに書かれてたプレイヤーネームで呼ぶと、滅茶苦茶嫌がってた。
ダッシュ時代のベガの戦い方をゲーメストの三段階上くらいまでのレベルで実践しつつ教えてくれた師匠とも呼べる人。
ターボで弱体化してもしっかり勝ち続けてたのが地力の高さを証明してる、と勝手に思ってる。
(そのプレイスタイルの影響は一度失踪してゲームを辞める頃まで及ぶ)
顎に手を当てながらニヤニヤするジェスチャーが好きで、ノリは良かったがスト2以外は格闘ゲームをやってる姿を見たことがないかもしれない。記憶が定かではないが、ガイアポリスってゲームがめちゃくちゃ上手かったような気がする。

某ピンクのチュンリー使いが筧さんを
「てめームカつくんだよ!」と言いながらボコボコにしてた時に止めなくていいの?って聞いたら「いいよ、ほっといて」と割とドライな返事が返ってきた。

あのほっといて、はどっちに対してだったのか聞き忘れたのが心残りである。

ひ魔人


東京ではダブルダブルニーを最初に見つけたプレイヤーとして、知る人ぞ知るベガ使いの一人。ビッキーズで店員の仕事しながらベガで猛威を振るっていた。
稲田氏と一緒に割と馬鹿だった俺にベガの立ち回りとかをいろいろ教えてくれたので、そのおかげでターボ時代はかなりベガで勝てたと思う。
(この頃のベガの思い入れが強く、今でもベガはターボカラーを使ってる) 
スーパーの時代は俺があまりスト2をやってなかったのだが、エックスになって最初に会った時には既にジャンプ中パンからナイトメアやってたし連続技に対しての探究心は凄かったと思う。
ちなみに、ZERO2でもベガをやってて、空キャン必殺技でゲージ溜めまくっては全部ゼロカウンターで消費するという戦い方をしてた。オリコンでそんなに減らせないしガー不だったから、あの使い方も実は間違ってなかったんだなぁ…と当時思ってた。
(その時の空キャン飛び道具でゲージを溜めながら戦うスタイルは、今自分のハンターやセイヴァー2パイロンの砲台スタイルに影響を与えている。

つのっぴ氏


ガイル使いで、独特の動きでなめガイルって言われてたそうな。
(人伝なので本当なのか、由来とかまで詳しく聞いてないので間違ってたらごめんなさい)
実はそこまでガッツリ対戦したことはないけど地元が同じでよく若松さん含めその辺の面子とあわせて一緒にお話をさせていただいたことが多め。
ターボの頃入江ザンギがビッキーズのコミュニケーションノートに
「ここのガイルは全部シメた」
と書き込みした時に、
「俺やったことないけどシメられちゃったよ~w」
って言ってたのを覚えてる。ちなみに本当に戦っても負けることはなかっただろうって位には超強い。
ヴァンパイアハンターも結構強く、稼動時にやってたビッキーズのハンター大会でVHSP公認の待ちザベルという称号を持っている。
ビッキーズが閉店後に出来た店へ食事に行って、店員に「ここは前何の店だったんですか?」と聞きに行くくらいには勇者で、その時店員に「ゲームセンターだったらしいですよ?」と言われたそうな。(若松さん談)

じろけん


富山から上京してきた知る人ぞ知るガイル使い。椎名町近辺在住で、俺に駅前にある立ち食いそば屋の南天を教えた罪深き男。自宅によくビッキーズのメンツが泊まりに来るらしく、居座られるとやばいと噂のNeedlefield用に配線を間違えてしまったがゆえに産まれた音楽のかわりに電流が流れるヘッドホンが置いてあるらしい。
どこかのトーナメント大会で、小足ムエタイからダブルサマーをコンボで決めてKOして勝ち上がりを決めた時に「あんなん誰でもできる」とその時は言ってたが後日聞き直したら「死ぬほどビビった」とその時の心情を吐露していた。
俺が無理矢理就職させられて働いてたガソリンスタンドで買った灰皿に入れる用の芳香ビーズみたいなのの匂いが大好きで、よく匂いを嗅いで幸せな気分になっていたそうな。
(その後じろけん宅を掃除しに来た秋葉原ファンファンの同僚の田口さんが家のそこら中に散らばってた、と教えてくれたw
俺の好きな彼の名言は、KOF95のアテナを見たときに発した言葉
「オタクの血が騒ぐ…!」

林くん


じろけんを師匠と呼び、いつもワンセットで行動をしていた。超早口が特徴で、早すぎなのか素でやってたのかはわからないけど彼発祥により電話の挨拶「はいもし」が流行した。
ハメ肯定派で自分はスト2始めてからずっと勝つための手段は選ばない、と豪語していたがじろけん曰く「あいつハメられるとすぐ怒ってたぞ」とのこと。
ある日サムスピのナコルルに衝撃を受け
「ナコルルごっつええわ!」と興奮しながら話してくれて、その年のコミケデビューで手当たり次第サムスピの薄い本を買い漁り10万以上使ったとのこと。その後サラブラ軍団に入ったらしい。
割と自分は付き合いが長く、彼が椎名町に拠点を移してからも交流はあった。今回はビッキーズの〜とのことなので先の話は割愛。
ヴァンパイアハンターでは彼はドノヴァンを使い田中と一緒に攻略本を執筆。巻末の挨拶でヨガ本Xでの某コブラ会会長の誤字「つたない政略を読んで頂きおりがとうございます」を丸パクリしたら当の本人から目をつけられ、やべー殺されると遺言を残し暫く姿を消した。
あと、大のじゃんがら好き。川村と仲違いしたからは「川村つかえねー」「替え玉ー」のセットプレイが評判に。
スト2は最初こそダルシム使いだったが、その後キャミィ一本でかなりのストロングスタイルを貫いてた。

長くなりすぎたので、とりあえずこの辺で。


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