バリ島への想いがつないだ奇跡の旅
エピローグ
私がまだ20代だった頃の話。時折くる母方の叔母からのメールはいつも明るく、英語まじりだったり、イタリア語まじりだったりした。叔母は服飾デザイナーで色々な所に生地の買い付けに行ったりしていたからか、インターナショナルで外国人のお友達も多く、いつも自由でフレンドリーだった。
そんなある時、少し思い悩んだ依頼のメールがあった。
「前に亡くなったばぁばちゃん(私の祖母)との写真、私と一緒に写ってた1枚が戻ってきてない。最近あの写真が必要だと思うようになったので、返して