【初夢】ハントマン・ヴァーサス・マンハント 第0わ「縺ゥ繧薙↑謔ェ螟「繧ら樟螳溘h繧翫?繧キ」【夢オチ】

長い戦いが終わった。人生でたった一度(そうであってほしい)の高校一年生のハロウィンもクリスマスも棒に振って、どうにか俺は今回の❝ゲーム❞を生き延びることが出来たのだった。次の❝ゲーム❞が何時、何処で開催されるのかは解らない。でも、地球は広いのだ。俺が生きている間に、この国で、この街で次の❝ゲーム❞が催されるなど確率的にあり得ないだろう。

「おっ!高遠じゃん!」
「思ったより元気そうだな」
「心配して損した」

無理をしてでも元気よく挨拶して教室に入る。「トラックに轢かれて面会謝絶の重傷で入院」……そういう設定で俺は学生の本業と今までの日常から隔離されて、怪物同士の決闘に次ぐ決闘に巻き込まれていたのだった。でも、それも昨日までの話だ。嵐のような日々を過ごすうちに一生分の勇気と集中力を使い果たしてしまったような気持ちもあるが、今は一日でも早く勉強の遅れを取り戻したかった。今日から俺は「学生生活」という名の、敵の存在しない戦いを、自分自身との本当の戦いを始めるのだ。

「もう退院しても大丈夫なのか?」
「何というか……酷い顔してンぞ」
「ソレ、手術の跡なのか?早く目立たなくなるといいな」

俺の顔は生まれつきだ。文句は親に言ってくれ、と言いかけて「手術の跡」という言葉が引っ掛かる。本当は入院なんてしていない。そもそも交通事故にも遭っていないのだから。自分の顔を触ってみる。……いつもの俺だ。特に変わったところは無いように思える。

「おう、これで自分の顔を見てみろよ」

準備の良いクラスメイトから渡された手鏡を勇気を出して覗き込む。待て、俺を驚かせる為に何らかの手品の種でも仕込まれているかもしれない。それならそれでいい。盛大に引っ掛かってやるのも友情というものだ(たとえクラスが替わるまでの短い友情だとしてもな)。しかし幾度もの死線をくぐり抜けた俺を心胆寒からしめるような衝撃を、安穏と過ごしてきた同い年の小僧どもに出せるものだろうかと内心にやにやしながら一番いい角度で鏡に映る俺を見る。見ようとした。それは果たせなかった。鏡には教室の入口とホワイトボード、等間隔に並んだ机が移されているばかりだった。そこに俺の姿は無かった。やられた。これには驚いた。素直に俺の負けを認めよう。

「ああ、高遠は良いよなァ」
「人間を卒業しちゃってさ……」
「オレ達を食い物にする存在に進化しちまってさ!」

手鏡から目を離した俺は、いつの間にか骨と皮ばかりの干物になった学生服どもに囲まれていた。……こいつらは何だ?……あいつらは何処へ行った?迷っている暇は無い。戦いは終わっても、俺には怪異に抗う力が、銀の弾丸が残されているのだ。しかし、銀製の拳銃を求めて懐に入れた手が焼けるように熱かった。焼け爛れた利き手はみるみるうちに元通りになっていったのは不幸中の幸いだった。それにしても急に腹が重くなった。それから口の周りがベタベタする。

「なぁ……がッ」
「お、オレ達も……」
「お前みたいに、ぐあッ」

包帯を剥ぎ取られたミイラのような怪物が学生服を残して呻きながら消滅する。俺は何もしていない。しかし命の危機は去った。こうしてはいられない。消えた級友を探さなくては。違う、既に登校している全ての生徒に危機が迫っていると見た方がいい。先生を探してみんなを避難させなければ。そうだ、ニンゲンを一か所に集めてしまえば、あとは……。

「……おやおや?何だか楽しい夢を見ているようですね。そりゃ私だって『悪夢を見るチーズ』なんて眉唾物だと思ってはいましたけれど……」

俺の耳が急速に伸びて、教室の隅のロッカーが揺れたのを聞き咎める。半開きになっていたドアが内側から閉められるのを俺は見た。わざと足音を立てて接近する。扉の向こうからは微かに誰かの呼吸音が、耳を澄ませば心音さえも聞こえてくるようだった。女が隠れている。紳士的にノックする。くぐもった悲鳴。男の血を飲んだ後だ。女の血と飲み比べをするのも悪くない。楽しくて仕方がなかった。お前らの想像も及ばない世界で俺は今まで苦労してきたんだ。今度は俺が、お前らを苦しめたとしても文句はあるまい?

「でも、この迷宮は下層に潜れば潜るほど更に成分が強化された『チーズ』が出されるワケですからね。最初のフロアで死にたくなるほど苦しんで魘(うな)されているようでは話にならないというものです、うんうん」

隠れているのは生徒か、教師か。力に任せて服を剥ぎ取るか、脅して自分で脱がせるか。そのまま露出した素肌に犬歯を突き立てるのも一興だ。まだ俺に『ニンゲン』が残っているうちは、血を吸う他にも愉しみはある……。

「……だけどダンナが起きるのを待たなきゃいけないのは退屈ですねえ。そうだ、夢に介入してはいけないってルールは無かった筈です。少しだけ、少しだけ驚かせるぐらいなら問題は無いですよね……えいッ!

三大欲求の二つが満たされる期待を胸にロッカーから扉を引き剥がす。隠れていたのは一見すると生徒でも教師でもない、あるいはどちらにも見えるような白いブラウスと黒いマントの女だった。V字状に身体を折り畳んで、俺の顔を見上げて嫣然と微笑んでいる。こいつの顔には見覚えがあるような気がする。胸の奥で何かが騒いでいる。しかし今の俺は無敵だ。多少のリスクは、寧ろスパイスではないだろうか。得体の知れない女の両足首を掴んで、大腿部の動脈から新鮮な血液を思い切り貪る。そのつもりだった。茨の蔓が俺の両腕に巻き付いてさえいなければ。おかしい。思うように体が動いてくれないのは何故だろうか。

『ニンゲンのゲームには宝箱に魔物が潜んでいることがあるそうじゃないですか?そういう罠にかかったのだと思って諦めていただけると幸いです』

脳裏に響く声。身体に力が入らない。スカートの中から伸びる茨が、俺の足、腰、肩にも巻き付き始めた。次第に体が引き寄せられ始める。このままでは死ぬ。飲まれる。

『楽しい時間はアッという間ですからね。仕方ない、仕方ない……』

待て。俺が悪かった。もうニンゲンを襲ったりはしません。これからは真面目に生きます。どうか今回だけは見逃してください。お願いします。俺に出来ることなら何でもします。

『え?何でもしてくれるんですか!?やった、どうしようかな……。オッホン。では、いいですか?今からダンナが目覚めたときに、隣で寝ているパートナーに、今までよりも、もっと優しく接してあげてください』

よく分からないけど分かった。約束する。するから俺を離してくれ。

『あ、やっぱダメです。ダンナが約束を守る保証が無いですからね。ここは刹那的に悲鳴と苦悶の表情を堪能して満足するしか無さそうです』

最後まで聞くことは出来なかった。グリーンの蔓が滝のように迸るとマゼンタの花弁が女のスカートから展開して、シアンのめしべが身動きのとれない俺を頭から飲み込み始めたからだった。苦痛も無いままに暗闇と生暖かさに包まれて、俺の意識はガラスが割れるようにしてひび割れ始めた。

「……あ、目が覚めましたね。どうでした?『悪夢の迷宮』、最初のフロアの手応えは」

酷い悲鳴を耳にして目が覚めた。音が漏れているのは俺の喉からだと気付くのに一秒ほどかかった。更に一秒かけて俺が、隠された「銀の弾丸」を求めて迷宮に挑んだのを思い出す。此処も❝ゲーム❞の舞台の一つなのだ。隣には涅槃仏めいたポーズの相棒がアルカイックな微笑みを浮かべている。こいつは俺の目の前で数えきれないほどの人間を食い物にしてきた、正真正銘の吸血女だ。白いブラウスと黒いマント。胸元のリボンは解いている。一切の戦闘が発生せず、寝台のある部屋だけが延々と続くダンジョンとはいえ、このリラックス具合は一体なんなのだ。チーズの置かれていた皿を見る。そこには報酬として銀の弾丸が置かれていた。俺が寝ている間に何者かが置いて行ったのだろうか。やはり敵の居ない迷宮にも「何か」が潜んでいるのだ。

「で、どうします?階段を下りる度に報酬は二倍ですよ。次の部屋で出されたチーズが見せる悪夢の酷さが何倍になるかは未知数ですけどね」

(オワリ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?