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ハントマン・ヴァーサス・マンハント/第2章/第2節/「短生種は長命種の隣に立つ夢を見るか?」 #6

(承前)

わざとらしい咳払いが一つ。服の埃を払う仕草。深呼吸して、相棒は月を見据える。落雷と轟音。未だ姿を見せない敵からの奇襲かと思ったが、それは早計だった。相棒の左手には黒い稲妻が、弓の形の稲妻が迸っている。

「今から貴方を狙い撃ちします」

何処から引き寄せて来たものか。ワインの如く透き通る、煮えたぎる赤い赤い液体が右手に収束していくのが見て取れる。これを矢のようにして射出するということなのだろうか。相棒の言う「貴方」とは誰のことだろう。ここには俺と、お前しかいない。

「いえ、いるのですよ。ずっとずっと、私とダンナを見ていた者が」

まさか、あの満月を射止めようというのか。この怪物は地球から月までどれだけ距離があると思っているのだろうか。届く筈が無い。届いたとしても、正確に狙える筈が無い。そして正確に狙えたとて、仮に光の速さで射出したとして、敵には回避する猶予がたっぷり一秒はあるだろう。そこまで思ったところで考えるのを止めた。月が自在に動く筈が無いからだ。勝手にしやがれ、そう言い終わるのを待たずに、弓のような現象から矢のような物質が放たれる。その結果を俺は見届けることが出来なかった。悲鳴のような金属音がもたらす凄まじい頭痛。俺は芋虫のように這い回って全ての罪が赦されることを神様と仏様に願うことしか出来なかった。

「あ、あああ、ああ……」

差し伸べられた手を取って立ち上がる。俺は見た。そして知った。金属音のような悲鳴を放つ存在を。赤い月が割れている。正確には、月に擬態した球体が我々の頭上、天蓋のような上空に張り付いていたらしい。くす玉よろしく割れた月からは卵のような、繭の中身のような内容物が紙吹雪を伴いながらしたたり落ちて来た。勝った、のだろうか。

「あれは未だに無傷です。ただ、手札を全て使い果たしている様子」

敵の策を見破って、これからやっと殴り合いに持ち込めるということか。それなら相棒の独擅場だ。

(続く)

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