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ハントマン・ヴァーサス・マンハント/第2章/第2節/「短生種は長命種の隣に立つ夢を見るか?」 #4

(承前)

長い夢を見ていた気がする。十六歳の誕生日。今日と同じ明日が来ることは二度とないと一方的に告げられて。吸血鬼の片棒を担ぐ日々。自分が生まれ育った街の住民を死に追いやりながら。ただ自分一人が生き残る為に。

「おっ?意識が戻ったようですね。今のダンナは正気ですか~?それとも狂気ですか~?」

鼓膜を直接くすぐるような、それでいて明瞭な小声。夢の中で、さんざん俺を苦しめてくれた性悪吸血女の声だ。往年の格闘家が大勢のファンを前に元気の有無を問うマイクパフォーマンスを想起する。まだ俺は夢の中にいるのか。早く目を覚まさねば。俺は大切なことを怠けているのだから。今は東方正教会のエクソシストと一緒に、この国に潜む吸血鬼との戦いが一件落着したことをヴァチカンに報告する為に空の旅の途中だった。機関での俺の立ち位置である「見習いデーモンハンター」から『見習い』を外してもらうと……彼女は……ドナは意気込んでいた。俺の意見を聞きもせず。

「これは失敬。ダンナの正気は未だにお昼寝中でしたか。別にいいですけどね。私の隣で心臓さえ止まらずにいてくれるなら、正気も狂気もダンナの価値を変動させたりはしませんのでね」

身勝手なことを言われているのはわかる。だけど何か言い返してやる気にもならなかった。ここは俺の夢の中なのだから。視界に映る地方都市の夜景から察するに、吸血女は俺を何処か高所に運ぼうとしているようだった。

「本当に申し訳ありません。ダンナを元に戻せないまま有給休暇を使い果たしてしまいまして。❝戦闘パート❞の開始時間までに指定された場所で待機していなければ問答無用で不戦敗、私もダンナも明日の月は拝めません」

❝ゲーム❞の話だ。吸血鬼同士の命懸けの決闘。それを最後の一匹になるまで繰り返す共食いの儀式。我が夢ながら、荒唐無稽な話だと思う。暇を持て余した長命種の遊び。否、長命種を食い物にする更なる捕食者がいるのだったな。

「そうそう、そうですよ。ニンゲンは我々を人喰い鬼みたいに思っているかもしれないですけど、ハントマンだって格上のハントマンに対しては同じように思っているんですから。上位者から招待されれば拒否権なんてありません。格下から招待されても辞退などすれば臆病者の誹りを免れませんからね。それでも好き好んで決闘に身を投じるような同類が皆無だとは言いませんが。何せ❝ゲーム❞に勝てば一発逆転、相手の領地も財宝も、全ての資産を自分のものに出来るわけですから」

そいつは夢のある話だ。勝った者の総取りか。人間に当てはめて考えればとんでもないことだというのが一発で理解できる。

「ニンゲンはニンゲンで子孫に資産を相続できるわけでしょう。我々のような決闘が罷り通れば、とんでもねえ混乱が巻き起こるでしょうね。何があってもハントマンにとってはコップの中の台風に過ぎないとしてもね……」

そういえば。年老いることのないハントマンは。自分の子孫に何か託したいと思うことは無いのだろうか。

「……ほら、到着しましたよ。県庁とかいう、この街で最も高い建造物の屋上です。感慨深いですねぇ。前回の❝ゲーム❞で五十年ほど前に、この国に訪れた際には影も形も無かった建物です」

何だろう。聞き捨てならない何かを聞き逃してしまったような気がする。前回の❝ゲーム❞。それに五十年前。

「今回の対戦相手は私と同じ❝三ツ星❞ハントマンです。それは相手も百も承知ですのでね。事前に思う存分パートナーの血を吸って万全の体調で戦いに臨むはずです。私と違ってね。まぁ、その。戦う前から弱気になるのは悪いことだとは思うんですけどね。へへへ。私、今夜こそは勝てないかもしれません。まぁ、ダンナは正気が戻らないままサクッと死ねるからいいですね。ほら、戦いに巻き込まれないように隅っこで転がっててください。勝って私が戻って来れるよう、夢を見ながらでもいいので祈っていてくださいよ」

(続く)

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