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ぼくは(狂った)王さま #92

 こうしてアラカの手を引いて、おひいさまはお城に戻って来たのでした。眠そうに目をこすっているアラカを自分の部屋に戻せば、またもプリスの魔の手が忍び寄るかもしれません。お城の兵士を見張りをつけたところで、全ての白まほうを修めたマスターレベルのシスターの前では案山子も同然であると言うしかないでしょう。何よりも、肝心のアラカが事態の深刻さを理解していません。王国の安寧が自分の双肩にかかっているとは夢にも思っていませんし、そもそも平和や安定そのものに価値を見出していないということも十分にあり得ることでした。

(……どうすればアラカを味方に引き込める?)

 おひいさまは思案に暮れました。どうすればアラカの歓心を得られるか、まずは手がかりを得るべくアラカと同じぐらいの年頃の弟のことを思い出しました。気紛れなモンスターやぼうけんしゃ(おひいさまにとっては人の皮をかぶったモンスターです)に壊されていなければ、今でも迷宮の何処かで石にされたままのはずです。

(そうだ。あの子は、自分の船を欲しがっていた……)

 しかし角笛でりゅうの女王を自由に呼び出して乗り回せるアラカが、どんな船を貰えば喜ぶというのでしょうか。いくら船旅の楽しさを説得したところで「それより早く目的地に着いて、いっぱい遊べる方がいいよ」とでもいうに決まっています。何より、おひいさまが王家の傍流として家族と何不自由なく暮らしていたのは何世紀も昔のことで、今は船舶を動かす「燃える水」も欲しいときに欲しいだけ買えるような時代ではないのです。奴隷に漕がせるガレー船も、風任せに海を往く帆船も、アラカにとっては火を点ければよく燃える材木の塊にしか見えないことでしょう。おひいさまは、無意識に首から下げた「むてきのまよけ」を握りしめていました。それは何の駆け引きも無いままに気安くアラカから無条件に手渡された、世界に数多ある護符の頂点に立つ至宝でした。(続く)

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