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【IMF報告書】先行6か国のCBDC(中央銀行デジタル通貨)から分かること

1. 時代は暗号資産からCBDCへ

ここ数年、特に2019年6月のFacebookがリブラを提唱して以来、デジタル通貨の大きな波が来ていると感じています。ビットコインなどの暗号資産は2021年11月に時価総額2.9兆ドルを超えたものの、2022年1月には1.6兆ドルまで急降下しました。

しかし、その間、法定通貨などを裏付け資産とするステーブルコインは着実に発行総額を伸ばし、またDeFiの市場規模も増加の一途を辿っています。さらにメタバース、Web3.0など社会のデジタル化への期待が高まっています。

このように民間主体による暗号資産が盛り上がりを見せる中で、各国政府もデジタル通貨の発行を目指す動きを加速しています。これはCentral Bank Digital Currency (CBDC)、中央銀行デジタル通貨と呼ばれており、各国政府、国際機関、アカデミア、産業界で幅広く検討が進められています。

各国の検討状況については、アメリカのシンクタンクであるAtlantic CouncilがCBDC Trackerとしてまとめています。この記事を書いている2022年2月時点では91か国が検討中とされており、このうち9か国 が既に発行済み(Launch)、15か国が実証テスト中(Pilot)とされています。

これらのCBDCの先行事例は、各国政府がwhite paperや報告書を公表する場合もありますが、必ずしも全容や発行後の普及状況などの情報は不十分だったり、報道も断片的だったりしてよくわかっていませんでした。

と、もやもやしていたところ、IMFがCBDCの発行・検討で先行する6か国の事例を横断的にまとめた興味深いレポートを公表したので、簡単に解説してみたいと思います。

2. IMF報告書の概要

この報告書のタイトルは、Behind the Scenes of Central Bank Digital Currency : Emerging Trends, Insights, and Policy Lessons、日本語で言えば、「CBDCの裏側、新潮流、洞察そして教訓」というところでしょうか。Akihiro Yoshinagaさんという日本人の方も共著されておられるようです。

 2-1. 全体の構成

レポートの対象となっているのは、以下の6か国です。
a. 発行済みのバハマ
b. 実証実験が実施されている中国、ECCU、ウルグアイ
c. 国の政治課題として幅広い主体が分析したスウェーデン
d. 分析した結果、当面発行を見送る決定をしたカナダ

レポートの構成は、
・第1章で、イントロとして6カ国の選定理由や分析枠組みを提示し、
・第2章で、政策目標(なぜCBDCを発行したいのか)
・第3章で、動作モデル(官民の役割分担、運用費用の問題など)
・第4章で、デザインの特徴(金融界への影響や匿名性など)
・第5章で、使用されているテクノロジー
・第6章で、法律上の論点
・第7章で、プロジェクトの実施体制(担当者の人数や組織デザインなど)
・第8章で、総括、となっています。

以下、第2章以降の概要を章ごとにまとめてみました。しかし、ポイントだけに絞ってもかなり長くなってしまったので、適当に飛ばし読みなり、まとめまで飛んで頂くなり、お好きなようにお願いします。

 2-2. 第2章:政策目標

第2章では、6か国の政策目標を次のとおり整理しています。

金融包摂(Financial Inclusion)とは、貧困などの理由で金融サービスが利用できない状態を改善しようというものです。特に途上国では深刻な問題であり、これを政策目標にしている国・していない国を見るとそれを物語っています。

アクセス(Access to Payments)とは、例えばスウェーデンのようにキャッシュレス経済が進んだために企業による紙の現金の受け取り拒否が起きることや、バハマのような島国で紙の現金を輸送するコストが高いことで、国民が支払い手段がなくなってしまうことを防ぐということのようです。

効率化(Making Payments More Efficient)とは、紙の現金よりもデジタル通貨の方が低コストであることや、利益を追求する民間サービスに比べて非営利目的の国がデジタル通貨を提供した方がコストが安くなる、ということのようです。

不正対策(Reducing Illicit Use of Money)とは、いわゆるテロ資金・マネーロンダリングや脱税を防ぐために国がデジタル通貨を発行してコントロールした方がよい、ということのようです。この目的自体はほぼ全ての国が共有すると思われますが、これを掲げているのがバハマだけ、というのはやや理解しがたいです。

強靭性(Ensuring Resilience of Payments)は自然災害などが起きても問題のない決済システムを目指すということのようです。バハマでのハリケーンやECCUの国での火山噴火がCBDC検討を加速化させたことに触れています。

通貨主権(Monetary Sovereignty)は、途上国では自国通貨よりもドルの方が信用されていたりしますが、そういう通貨代替(Currency Substitution)のリスクが外国政府のCBDCやグローバルステーブルコインによってより深刻になるので、自衛手段としてCBDCを発行しようということです。

最後に競争(Competition)は、既存の民間の決済手段との競争や、CBDCがプラットフォームとなって様々な民間金融サービスの競争が促進されることを期待したものです。

 2-3. 第3章:動作モデル

まず、CBDCの発行方式について、以下の3つのパターンを示しています。
①直接型(Unilateral):中央銀行が発行し、ユーザーに直接CBDCを提供
②間接型(Intermediated):中央銀行が発行するが、ユーザーには仲介機関(銀行など)を介してCBDCを提供
③合成型(Synthetic):中央銀行の資産で裏付けられた、民間が発行するCBDC

③の合成型が分かりにくいかもしれませんが、例えば〇〇Payが、お客さんから振り込まれたお金を、倒産リスクのある民間銀行ではなく、潰れない日本銀行に全額預けたうえで発行した電子マネー、という感じです。(ちなみに普通の会社は日銀にお金を預けられません。)

なお、今回の分析対象6か国の全てが②の間接型で設計しています。

次に、CBDCの発行からユーザーとの接点までの様々な機能について、中央銀行と民間企業でどう役割分担をするかについても、以下の通り整理しています。
・発行・検証・台帳の更新といったバックグラウンド業務は主として中央銀行が担い、
・KYC/AMLCFT・ユーザーインターフェース・ユーザーデータ・カスタマーサービスといったエンドユーザーと接触する業務は主として民間企業が担う、という役割分担がみてとれます。

更に、誰がCBDCの運用・管理費用を負担するかについてまとめています。この論点は、詳細な部分については各国とも詰め切れていないようですが、あえてポイントをまとめると、

・中国やスウェーデンの中央銀行は、仲介業者や利用者に利用料を課さない想定のようです。(他国は不明です。)

・また、一般的に中央銀行は民間仲介業者が決済データを商業目的で利用することは望ましくないと考えています。

・一方、民間仲介業者が課す手数料については、中国の場合、利用者ではなく加盟店に課すのであれば容認するようです。

・ 政府からの補助金についても、民間企業が利益を見込めない特定の機能(例えばマイノリティ向けの決済ソリューションなど)を除いて、基本的になさそうです。

 2-4. 第4章:デザインの特徴

第4章ではCBDCの主な設計についてまとめています。結果的に、各国ともかなり似通ったデザインになっています。

金融安定性リスク

これは、信用リスクが0であるCBDCが出たことで、銀行預金からCBDCに資金が流出してしまったり、それを取り返そうと銀行が無茶な預金金利設定をしたりして、金融システムの安定性が脅かされるという論点です。

この対策として、実際に発行・実証実験を行ったバハマ、中国、ECCUでは、①はすべて金利0に設定、②は保有額に上限を設定しています。

匿名性

匿名性が高い方が、使い勝手はよいですが、不正使用のリスクが高まるというトレードオフがあります。バハマ、中国、ECCUのいずれも、本人確認の程度に応じて保有上限額を変える、ということでバランスをとっています。

オフライン決済

災害時や電波が届かない地域でも、CBDCを使えるようなオフライン決済のニーズがあります。他方、バハマやECCU、スウェーデンのテストではうまくいっていないようです。中国は、携帯電話やカードを通じて、端末同士でオフライン決済できることを目指しているようです。

クロスボーダー(国際)決済

そもそもCBDCには金融機関同士だけで使えるホールセールCBDCと、個人でも使えるリテールCBDCがあります。クロスボーダー決済は従来からホールセールCBDCで検討されてきましたが、今回のレポートの対象であるリテールCBDCでの活用については、各国でアプローチが様々です。

中国の場合は、m-CBDC Bridgeという多国間プロジェクトを通じて、クロスボーダー決済への利用を検討しています。その際、例えばデジタル人民元が他国でそのまま使われるのではなく、その国の通貨に返還されるシステムを目指しているとのことです。

バハマでは、国外での使用は認めていませんが、外国旅行客がバハマに来た時にはサンドダラーを所有・使用できるようにするようです。

ECCUは、EUのように同一通貨圏内に9カ国存在するので、おのずとクロスボーダー決済を念頭に相互運用性を議論しているそうです。

なお、クロスボーダー決済の主なハードルとして、①技術的な相互運用性(技術やメッセージングの標準化など)、②法規制の調和(データ、税制、資本規制など)を挙げています。

 2-5. 第5章:テクノロジー

テクノロジーサプライヤー

システム開発について、中国とカナダは自分で開発しつつ必要な部分を委託し、それ以外は外部ベンダーからパッケージソリューションとして開発を任せるというアプローチをとりました。

余談ですが、ECCUが委託したNZIAは、世界で3カ国目となるナイジェリアのCBDCの発行にも関わっています。

DLT (Distributed Ledger Technology)

CBDCの技術としてDLTがどの国にとっても最適ということはなく、DLTの潜在的なメリットについても各国で見解が異なるようです。

バハマとECCUではDLTを採用しています。両国ともこの技術のセキュリティがニーズに合致したという評価のようです。

一方、中国では、コア部分は中央集権な台帳を使い、DLTが向いている部分でのみDLTを使うというハイブリッドアーキテクチャーを構築しているとしています。

 2-6. 第6章:法律上の論点

紙の現金を前提にした中央銀行法や通貨に関する法律ではCBDCに対応できないので法改正が必要です。例えば、バハマでは、法改正をして通貨の定義の中に電子マネーを明示的に含めることとしました。ECCUや中国でも法改正の検討が進んでいます。

また、ほぼ全ての国がCBDCを法定通貨とする考えのようです。他方、相手が携帯電話を持っていたり通信環境にいられることが前提となるので、かなり緩い意味での法定通貨性を前提とすることが必要とのことです。

 2-7. 第7章:プロジェクトの実施体制

実はこのサブチャプターだけで全体の1/3程の紙幅を割いています。ひたすら長いのでポイントのみ書きます。

組織体制の変更

プロジェクトの規模や段階に応じて体制を変更しているようです。例えば中国の場合には2014年に専門チームを設置し、その2年後には専門機関としてデジタル通貨研究所を設立し、更に各地に研究所の子会社を設立してパイロット試験を行っています。バハマでも新たに専門ユニットを設立しました。

社内スタッフの増員

社内スタッフの数はベンダーへの委託度合いによって異なり、中国の場合は約40人で開始して2021年には約300人まで増加したとあります。一方でバハマは、もともと小国ということもあり、発行の際のピークで35人のスタッフを抱えていたものの、今は15人で運用しているそうです。

実証実験の体制

バハマ、ECCU、ウルグアイについても書かれていますが、ここでは中国のケースに絞って説明します。

中国は2021年10月8日までに、1.2億人と920万の企業が実験に参加しました。これまで10以上の都市や地域で試験が実施されています。地方自治体の負担で、デジタル人民元が抽選でもらえるくじも行われました。オフライン決済や顔認証を使った決済などもテストされたようです。民間業者による広報活動も積極的に行われました。

主な洞察

今回の調査対象国から寄せられた主な気づきとして、以下の項目が挙げられています。

・ユーザーのニーズ調査の重要性
・民間仲介業者との連携の重要性
・技術の中立性(他の技術との互換性)
・クロスボーダー決済の重要性
・匿名性とプライバシーのバランス
・CBDCに関する情報の透明性
・文化的な側面の重要性

3.【とーくんメモ】

この報告書の中で、特に今後の日本のCBDCの検討にとって、興味深い点・大事だと思う点として、「費用分担」「匿名性とプライバシー」「クロスボーダー決済」の3つを挙げたいと思います3。

費用分担

この問題は、CBDCを現金の発展形とみるか、電子マネーの発展形とみるかによって考えが異なると思います。

日本では、紙の現金の設計や印刷流通費用は国(政府・日本銀行)が負担しています。デジタル時代の現金という発想でCBDCを考えれば、これまでと同様に政府や日銀の費用負担で運営するということになります。

他方で、電子マネーなどの電子決済が存立している基盤は日銀ネットや全銀ネットといった決済システムであり、この場合、システムの利用者である金融機関が利用料という形で費用を負担しています。と考えればCBDCという新たな決済システムを利用する仲介業者が一義的には利用料を支払うことになります。

仲介業者はどこかで儲けないといけませんが、それをユーザーの購買データ等の活用で儲けるか、加盟店に利用料を課すかは、ビジネスモデル次第ということでしょうか。

ただし、〇〇ペイ系の会社は自社でシステム開発・運用する手間が省けますので、その分、仲介業者の損益分岐点は低いのではないかと思います。

匿名性とプライバシー

紙の現金の利点は、支払履歴が残らないので匿名性が高いということです。CBDCも極力匿名性が高い設定にした方が、特に個人ユーザーにとっては心理的ハードルが低いと思います。

一方で、プライバシーを確保して完全に匿名にすると、違法や不正な目的での資金送金に対してもチェックがかけられないという問題が発生します。

実は、普段、銀行送金やクレジットカードや〇〇ペイを使用しているときに、自分が誰に対して、いつ、いくら、何のために支払いをしたか、というデータが仲介する金融機関、カード会社、ペイ会社は当然知ることになります。

とすると、私たちは、既に利便性のためにある程度のプライバシーの侵害を受け入れているともいえます。

と考えれば、同じ程度のプライバシー情報を国に知られる気持ち悪さと、その結果として犯罪が抑止されることの公益と、どちらが社会的にましか、という問題に帰結すると思います。

クロスボーダー決済

最後にクロスボーダー決済ですが、これはかなり具体的なメリットがあるのではないかと思っています。

各国の金融当局が運営する金融安定化委員会 (FSB, Financial Stability Board)の試算によれば、支払額に対してカードで最大10%、海外送金でも6.38%の手数料が課されているとされています。

各国がCBDCをそれぞれ発行し、うまく調和するようになれば、こうした送金手数料が大幅に安くなり、また送金時間についても銀行送金が数日かかるのに対して一瞬で完結する可能性もあります。

4. まとめ

今回の報告書はまだ数カ国の例ですが、検討段階にある国が世界の半数にも及ぶことからすれば、今後数年で発行ケースが大幅に増えることも予想されます。

経済のデジタル化は、決して戻ることなく、更に勢いを増して進んでいくものと思われます。新しい経済システムには新しい決済システムが必要であり、CBDCはその本命ではないかと思っています。

これからもCBDCを中心にデジタル通貨の情報をまとめていきたいと思います。



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