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将軍山古墳

 古墳群のある「さきたま」という地名は埼玉県の名前の由来だそうです。古代蓮の里を見たあと、こちらを回りました。

 将軍山古墳には石室の再現された展示館があります。ガラスの向こうに横たわっている人は誰でしょう。どこのだれかを表すようなものは発掘されなかったのでしょうか。隣の稲荷山古墳からは、金象嵌で文字の刻まれた鉄剣が出たそうです。

 これだけの大きさの墓を築くからには、相当の有力者だったのでしょう。どこの誰の墓だとか、功績を讃える文字を刻んだ石碑が近くにあってもおかしくないと思います。

 そうした記録を残す習慣は無かったのか、それとも、記録は全て次の有力者が破壊したのか、自然に忘れ去られたのか、勝手に想像するのは楽しいです。

 カビ臭さはしょうがないとして、房州石の説明文には次のように書いてありました。

「この石は、千葉県富津市にある鋸山周辺の海岸にみられる凝灰質砂岩の表面に、貝が棲み込むための穴を開けたものです。今でも穴の中に貝殻が残っていることがあります。」

 これを読んで、昔の人は、貝が棲みやすいように石に穴を開けたのだな、と思ったのはボクだけでしょうか。変だなと思ったので、家に帰ってから調べたら、貝が、自分の貝殻を擦り付けて穴を開けるのだそうです。

 他山の石にしたいと思います。

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