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第102号(2020年10月12日) 初登場の新型大陸間弾道ミサイルから考える北朝鮮流抑止戦略

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【インサイト】初登場の新型大陸間弾道ミサイルから考える北朝鮮流抑止戦略

 10月10日、北朝鮮は朝鮮労働党創設75周年の大規模軍事パレードを執り行いました。なんと夜中の12時に初めて午前2時過ぎまでという異例のスケジュールです。通例ですとパレードは朝10時からということなので(ちなみにこれはロシアも同じで、もしかするとソ連時代の伝統がコピーされていたのかもしれません)休日の朝からなんとなくそわそわしながら待っていたのですが、実際にはその頃にはとっくに終わっていたのですね。完全な肩透かしです。
 夜中にパレードをやる、という例は探せば他にもあるのでしょうが(米国の独立記念日とか)一般的にはあまり聞かないパターンです。
 ロシアが毎年5月9日にやる対独戦勝記念式典は前述のように朝ですし、中国の10年に一度の大閲兵もそうですね。北朝鮮の過去の軍事パレードも夜中にやったという例はないのではないでしょうか。
 これについては米国の偵察衛星の目を誤魔化すといった「真面目な」考察も見られますが、おそらくそうではないでしょう。あれだけのパレードとなればかなり前から訓練を重ねていたはずであり、その過程は衛星でも詳細に観察されていたはずです。もっと言ってしまえば、今回登場した新型兵器などがどの工場からどんなルートで平壌まで集結してきたのか、そのルートも観察対象となっていたでしょう。
 では北朝鮮がなぜ夜中にパレードをやったのかは北朝鮮専門家に聞いてみるほかありませんが、「これまでにない斬新さ」みたいな要素の方が大きかったのではないかなぁというのが端で見ていての感想です。戦闘機にLED照明つけたり歌手が国歌を独唱したりして、ちょっとこれまでの北朝鮮のイメージを覆すような式典であったことはたしかでした。

 閑話休題。
 本メルマガ的に気になるのは、やはりパレードの終盤で出てきた大型ICBM(大陸間弾道弾)です。名称はまだ不明ですが、従来の火星-15ICBMをさらに拡大したような設計で、おそらくは液体燃料式でしょう。北朝鮮は昨年12月、新型ロケットエンジンの燃焼試験と見られる「非常に重大な実験」を東倉里(トンチャンリ)の西海衛星発射場で実施しており、これが問題の新型ICBM用エンジンだったものと思われます。

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※今回の軍事パレードに登場した名称不明の新型ICBM

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※北朝鮮の西海衛星発射場設置されたエンジン試験施設(2019年11月時点の衛星画像)


 パレードではノズル部分には赤い蓋がかぶせられていたので詳細は不明なのですが、その膨らみ具合からするとノズルが4つくらい付いていそうです。となると、火星-15のエンジンであるRD-250(の北朝鮮生産型)を能力アップした上、二つ束ねた構造なのではないでしょうか。
 エンジンの強化に合わせて、ミサイル自体もかなり大型化されています。
 Twitter上でミサイル専門家たちが暫定的に報告している計測結果を見ると、新型ICBMの全長は24-26m前後と火星-15(全長21m)に比べて3-5m長くなり、直径も2.5m程度(火星-15は2m内外)ほどと大幅に太くなったのは確実なようです。
 例えばドイツの弾道ミサイル専門家のマルクス・シッラー(旧東ドイツが運用していたスカッドの知見から北朝鮮のミサイルについて詳細な分析を行なっていることで有名)は、この新型ICBMが全長24-25m、直径2.5m以下、発射重量はおそらく120トン程度(うち、燃料100トン)と見積もっています。

 これを米中露の液体燃料ICBMと比較したのが、以下です。

・タイタン II(米):全長31.4m、直径3m、発射重量154トン、投射重量3.7トン
・SS-19/UR-100N UTTKh(ソ):全長24m、直径2.5m、発射重量105トン、投射重量4.3トン
・SS-18/R-36M2(ソ):全長34.3m、直径3m、発射重量211トン、投射重量8.5トン
・CSS-4/東風-5(中):全長32.6m、直径3.4m、発射重量183トン、投射重量3トン

 こうしてみると、今回登場してきた新型ICBMは米中ソの大型液体燃料ICBMほどの大きさはなく、ソ連のSS-19と大体同じくらいと見積もることができるでしょう。ただ、それでどれだけの性能を発揮できるかはエンジンの性能や機体の構造的洗練にもかかってきますから、北朝鮮の技術力を考えると、SS-19ほどの性能は発揮できないと思われます。
 それでも火星-15は一応、水爆弾頭を(多分1発)搭載して米本土を射程に収めたと見られています。したがって、それよりも大きなミサイルを開発したということは、それ以上の「何か」を狙っていると考えるべきでしょう(実は火星-15では性能不足だったという線もあり得ますが、今回のパレードにも火星-15は4発も登場しているので失敗作ではなかったはずです)。では、その「何か」とは?
 いくつか可能性を列挙してみましょう。

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