見出し画像

第107号(2020年11月16日) カラバフ紛争の勝者は誰か、ロシア軍に新核シェルター?ほか


存在感を増す「軍事大国ロシア」を軍事アナリスト小泉悠とともに読み解くメールマガジンをお届けします。
定期購読はこちらからどうぞ。


【インサイト】カラバフ紛争の勝者は誰か

 今年9月27日、旧ソ連のアルメニアとアゼルバイジャンの間で突如として大規模紛争が勃発し、アルメニア勢力「ナゴルノ・カラバフ共和国(NKR)」が占拠していた旧ナゴルノ・カラバフ自治区とその周辺領域はあれよあれよいう間にアゼルバイジャン軍によって席巻されてしまいました。
 NKR中部から北部にかけてはアルメニアのオハニャン前国防相が建設させた要塞地帯、通称「オハニャン線」が走っており、こちらは最後まで持ち堪えたのですが、これはアルメニア側にとってもアゼルバイジャン側にとっても想定内であったでしょう。オハニャン線は山岳地形(ナゴルノ=山岳の、というくらいでカラバフの中心部は山がち)を利用した堅固な複合陣地であり、これを抜くのが相当に困難であることは最初からわかっていました。
 他方、カラバフ南部からイラン国境にかけては比較的平坦な地形が開けており、ここは要塞を建設するのが困難です。したがってアゼルバイジャン軍の攻撃は当初から南方に集中していましたし、KNR・アルメニア軍としてはここに野戦軍主力を集結させて敵の攻勢を挫くという構想だったと思われますが、10月後半に入るとほぼ総崩れ状態に陥っていきました。
(ちなみにオハニャン線はこんな感じです)

 特に決定的だったのは、11月8日にシュシャが陥落したことでしょう。シュシャはNKR第二の都市であるだけでなく、北東にあるNKRの「首都」ステパナケルトとアルメニア本国を結ぶ唯一のルート、ラチン回廊の途上に位置しています。したがって、シュシャの陥落は、NKRの孤立を意味していました。

※地図中の赤い部分がシュシャ。ステパナケルトはこれよりやや北東部にある。色がついている部分は後述する11/10の停戦合意によってアゼルバイジャン側に引き渡されることになったKNR「領土」

 戦術面での詳しい検証はこれからというところではありますが、これだけの大突破が成功したのは、アゼルバイジャン軍の戦術に一因があったようです。イスラエル製のハーピー自爆ドローンやトルコ製のバイラクタル無人偵察機によってアルメニア軍の防空システムを、次いで火砲や多連装ロケット(MLRS)を壊滅させて航空優勢と火力優勢を確保したことで、アルメニア・NKR軍は平野部で丸裸になってしまいました。
 他方、アルメニア空軍は昨年、ロシアに12機のSu-30SM戦闘爆撃機を発注しており、開戦時点では4機が納入されていましたが、これは実戦投入されずしまいだったようです。事実上、アルメニアとアゼルバイジャンの全面戦争となった今回の戦争ではありますが、建前としてはNKRとアゼルバイジャンの限定戦争ということになっていたために、空軍部隊を出すことができなかったということでしょう。
 身の丈に合わない戦闘機など買わず、アゼルバイジャンのように無人航空機(UAV)とか対UAV妨害システムに投資しておけば良かったのだ、という意見もありますが、これには半分同意、半分不同意というところです。
 もしも戦争が(建前上は)限定戦争にとどまるならばその通りではあるのですが、もしも両国が建前をかなぐり捨てて全力で殴り合うことになっていれば、Su-30の評価はまた変わっていたのかもしれません。要は、この種の地域紛争では軍事力が行使される政治的「文脈」が大きく効いてくるということであり、アルメニアが失敗したのはむしろこの種の政治的なシナリオ・プランニングの部分だったように思われます。

ここから先は

4,878字 / 1画像

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?