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第11号(2018年11月2日) 原子力軍用機はなぜない?


存在感を増す「軍事大国ロシア」を軍事アナリスト小泉悠とともに読み解くメールマガジンをお届けします。
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【質問箱】原子力軍用機はなぜない?

●今週の質問
 原子力潜水艦、各種軍艦はあるのになぜ原子力軍用機は無いのでしょうか?
 ソビエト、ロシアならこのロマンの塊みたいな兵器を作りそうなんですが?

 ご質問ありがとうございます。
 ソ連兵器はロマンの塊。まさにそのとおりで、自分自身を振り返ってもロシアの軍事で飯を食おうと思い立ったきっかけは数々の「ロマンチックな」兵器たちでした。
 特に衝撃だったのは高校生のときに買った「ソビエトXプレーン」という本 で、バルティーニVVA-14地面効果翼機(ロシア語ではエクラノプラン)をはじめとする気絶するほど個性的な航空機たちにすっかりヤられたという経緯があります(VVA-14はこんなやつです)。

 さて、原子力軍用機はなぜ無いのか、ということなのですが、1950年代には米ソともにそのような計画を追求していました。米国の場合、B-72原子力爆撃機計画のためにB-36に原子炉を搭載する実験を実施していますし、巡航ミサイル用原子力ラムジェットエンジンの開発を目指すプルート計画というものも存在していました。

 ソ連はどうだったかというと、1955年8月12日のソ連閣僚会議決定によって原子力爆撃機計画がスタートしています。計画を担当したのは、クズネツォフ設計局とリューリカ設計局(エンジン担当)、ツポレフ設計局、ミャシシェフ設計局、ラヴォーチキン設計局(機体担当)、そしてソ連における原子力研究の中心的機関であるクルチャトフ研究所でした。
 といっても原子力爆撃機をいきなり開発するのは無謀というもので、まずは米国と同様、「そもそも飛行機に原子炉を載せることはできるのか」を実証することから始まります。そのために開発されたのがTu-95爆撃機を転用したTu-95LAL実験機でした。LAL(ЛАЛ)とは、「飛行原子力実験室」を意味するロシア語Летающая Атомная Лабораторияの頭文字を取ったものです。
 これは機体中央部の爆弾倉を撤去して遮蔽材で覆った原子炉を搭載し、まずは爆撃機の機上で原子炉を稼働させてみることを目的とした航空機でした。とはいえ危険極まりない代物であるため、緊急時には原子炉区画をそのまま下方に緊急投棄できるようになっていたようです。
 また、1958年に始まった飛行試験では、万一緊急投棄を迫られた場合や機体自体が墜落した場合に備え、カザフスタンのセミパラチンスク核実験場が試験エリアとして使用されました。当初は原子炉を起動せずに飛行するだけでしたが、1959年には実際に原子炉を稼働させて飛行する実験も開始され、合計34回もの飛行試験を通じて「人体や機器への影響が許容範囲内であることを確認した」とされています。

 ツポレフ設計局はこの成果を基に、実際に原子力で飛行する航空機も計画していました。その第一段階と位置付けられていたのが、Tu-95が搭載する4発のNK-12エンジンのうち2発をNK-14A原子力ターボプロップエンジンで駆動させるTu-119計画です。さらにツポレフ設計局は4発全部をNK-14Aとした長距離対潜哨戒機計画や、原子力ターボジェットを搭載する超音速原子力爆撃機Tu-120など、様々な構想を暖めていたようです。
 ミヤシシェフ設計局もエンジンのパワー不足でお蔵入りとなったM-50爆撃機を原子力ターボジェット化する案や、最初から原子力ターボジェットの搭載を前提としたM-60爆撃機及びその水上発進バージョンであるM-60M、さらに大型のM-30原子力爆撃機といった計画を構想していました。

 このように百花繚乱といってよかったソ連の原子力爆撃機計画ですが、実現したのはTu-95LALまでで、ほかはすべてペーパープランに終わりました。
Tu-119計画の場合、原子力ターボプロップを用いても最大速度は920km/hに過ぎず、乗員の被曝を考えると滞空時間も48時間が限界とされていました。調達・運用コストの高さや事故のリスクを考えると、通常型の爆撃機を改良するとともに空中給油機を増強したほうがはるかに安く、安全であるのは明らかでしょう。
 原子力ターボジェットとなると、炉心に直接外気を送り込んで膨張させ、吐き出すという構造であるため、周辺を常に放射能で汚染し続けるという極めて危険な問題を孕んでいました。離着陸時には通常型のターボジェットエンジンを使用することである程度汚染は抑えられるとしても、やはり基地周辺の汚染レベルは相当のものになります。
 このような事情から、M-60計画ではエンジンの始動から武装・燃料の積み込みまで、すべてロボットを使用して自動で行う計画であったとされています。現実的な運用コストから言っても、当時のロボット技術を考慮しても、明らかに実現は難しかったと言えるでしょう。
 なにより、当時のソ連では既に長距離弾道ミサイルが実用段階に入りつつありました。何も高価で危険な原子力爆撃機に頼らずとも、わずか30分で米国に核弾頭を放り込める兵器が登場してきたわけです。
 もちろん、爆撃機が完全に用済みになったということではありませんでした。一度発射してしまったらそれまでの弾道ミサイルとは異なり、爆撃機は途中で目標を変更したり、攻撃命令を取り消したりできるという絶大な柔軟性を有しています。ある空域をパトロール飛行させてプレゼンスを誇示するといった政治的ミッションにも使えます。
 ただ、これらは何も原子力爆撃機に限った話ではないですが、いずれにしても危険で高コストな原子力爆撃機を開発するメリットは大きく低下していったと言えるでしょう。
 これ以降も、ソ連ではAn-22大型輸送機を原子力化したAn-22PLO対潜哨戒機が計画されたりしましたが、結局実現していません。

 このように、原子力航空機というアイデア自体は魅力的であるものの、兵器として使うために越えるべきハードルが大きすぎ、米ソとも実現は諦めた…というのが最近までの理解でした。
 ところが最近、ロシア発の新たな展開が波紋を広げています。
 今年3月に行われた大統領教書演説において、プーチン大統領が突然存在を明らかにした原子力巡航ミサイル計画がそれです。制式名は9M730とされ、愛称は国防省のインターネット投票でブレヴェストニク(ミズナキドリ)に決まりました。
 余談ながら、ロシア軍が兵器の愛称をインターネット投票で決めたのはこれが初めてではないかと思われます(同じ演説で存在が明らかにされた原子力魚雷とレーザー兵器も同様にインターネット投票でポセイドンとペレスウェートの愛称が付きました)。
 この9M730ブレヴェストニクですが、ロシア国防省はこれまでに2回、映像を公開しているので、以下にそのリンクを貼っておきます。

 両者の映像から読み取れるのは、発射試験が地上から行われていること(発射試験施設は北極圏のノーヴァヤ・ゼムリャー島に置かれていると推定されています)、展開式の翼を備えること、エンジン噴射口が機体側面に設けられていることなどです。
 また、プーチン大統領は前述した3月の演説において、次のように述べています(要約)。

・巡航ミサイルに搭載できる小型で強力な原子力機関が開発された
・その航続距離はロシアのKh-101空中発射巡航ミサイルや米国のトマホーク海上発射巡航ミサイルの10倍に及ぶ
・このミサイルは低空を飛行するステルス型ミサイルであり、核弾頭を搭載する
・予測しがたい軌道を飛行することで既存及び将来の防空システム及びミサイル防衛システムを回避できる
・このミサイルの発射試験は2017年末に成功裏に実施された
・この成功により、原子力ミサイルを用いる新たな戦略核兵器の開発を開始することが可能となった

 以上のうちで注目されるのは、最後の点でしょう。素直に受け取れば、2017年末の発射試験は一種の実証実験であり、兵器化はこれからということになります。9M730というのは最終的に開発される予定のミサイルの名称であり、現在発射試験が行われているのはそのプロトタイプである可能性もあります。
 また、ロシアの経済紙『コメルサント』は、このミサイルの開発メーカーがエカテリンブルグのノヴァトール設計局(カリブル巡航ミサイルの開発元として有名)であり、原子力ジェットエンジンの設計には原子力公社ロスアトム傘下の全露物理実験研究所(VNIIEF)が関与していたとされます(2018年7月5日付)。

 とはいえ、このミサイルが過去の米ソで問題になった放射能汚染の問題をどのように解決しているのかは依然として不明です。調達コストはどのくらいになるのか、事故のリスクを如何にして管理するのかという問題もあります。
 なにより、原子力巡航ミサイルなる兵器がロシアの核戦力体系の中でどう位置付けられるのかがよくわかりません。プーチン大統領はこの兵器が無限の航続距離を持つと胸を張りますが、9M730の速度を仮にKh-101と同じ1000km/hとした場合、1万km先の目標に到達するまで単純計算で10時間掛かります。回避コースを取れば所要時間はさらに伸びるでしょう。
 超音速を狙うのだとしてもやはり飛行時間は相当なものになるでしょうし、より近場の目標を標的とするならそもそも原子力による長大な射程距離は必要とされません。
 このメルマガを発行する2日前、私のところにマサチューセッツ工科大学の核戦略研究者であるビピン・ナラン准教授が来てブレヴェストニクのことも話題になったのですが、彼もやはり使い道のよく分からない兵器だという見解でした。
 このような不可解な兵器の開発をアピールすることで米国にコスト負担を強いているのだという見方もあり、案外事実はこの辺りなのかもしれません。ただ、単なるブラフにしてはかなり大掛かりな気もします。ブレヴェストニクが果たして史上初の「原子力ミサイル」となるのかどうか、今後が注目されます。


【今週のニュース】ロシアの新重ICBMと極超音速滑空弾頭の配備スケジュール

・ロシアの新型重ICBMであるRS-28サルマートは2021年に量産を開始する。タス通信2018年10月31日付が軍需産業関係者の談話として伝えた。また、この関係者談話によると、サルマートの飛行試験も2021年に完了する予定であり、同年中に最初の1個連隊が実戦配備を開始するとしている。
サルマートは従来のRS-20Vヴォイェヴォーダ(SS-18サタン)の後継となる新型重ICBMであり、今回取り上げたプーチン大統領による3月の教書演説でポップアップ試験の映像が初公開された。サルマートの発射重量は約200tに達し、14発の核弾頭を搭載すると見られる。
・同じ演説の中で存在が明らかにされた新兵器としては、極超音速滑空弾頭アヴァンガルドがある。こちらについてはサルマートより一足早い2019年に実戦配備が開始されるという軍需産業関係者の談話が報じられている。10月29日付のタス通信が伝えたもので、サルマートの件と同じ情報源である可能性が高い。
 これによると、アヴァンガルドを搭載するミサイルは以前から報じられていたとおりUR-100N UTTKh(SS-19/RS-18Bスティレット)であるが、1個連隊あたりの装備数は12基であるという。従来、ロシア戦略ロケット部隊(RVSN)のサイロ発射型ICBM連隊の装備定数はミサイル10基であったから、新型の発射管制システムが採用されていると見られる。
 また、この情報源は、2027年までの国家装備プログラム(GPV-2027)の枠内で2個連隊のアヴァンガルド装備連隊が発足するとしている。


【NEW BOOKS】Russia's Invincible Weapons: Today, Tomorrow, Sometime, Never? ほか

・ユーリィ・イズムィコ『恐ロシア航空機列伝』パンダパブリッシング、2018年


・Julian Cooper, Russia's Invincible Weapons: Today, Tomorrow,
Sometime, Never?
Changing Character of War Centre (Oxford University), May 2018. 

・Tong Zhao, Tides of Change: China’s Nuclear Ballistic Missile Submarines and Strategic Stability, Carnegie Endowment for International Peace, 2018. 

 今回取り上げたソ連の原子力航空機計画については、正体不明のウクライナ人であるユーリィ・イズムィコ氏の新著『恐ロシア航空機列伝』に詳しいのでご紹介します。正体は誰なのか全くわかりませんが(全くわかりませんが)いい本です。
 2番目はロシアの軍事支出研究で有名なジュリアン・クーパー教授による最近のモノローグ。ブレヴェストニク巡航ミサイルについてもかなりのページを割いて考察しているほか、これらの新兵器と軍事支出の関係が論じられているのもクーパー教授らしいと思います。


【編集後記】働きたくないです、秋

 昔からどうも暑さに弱く、気温が高くなると食欲がなくなるわ労働意欲が下がるわ(基本的にいつも高くはないですが)で難儀します。最近は気温が下がって過ごしやすくなってきましたが、関東のピカピカ晴れた空というのもまた苦手で、どうにも憂鬱な気分になって困ります。
 大雨の日とか、どんより曇った日が落ち着くんですね。この意味ではモスクワの冬は曇りや雪の日が多くてよかったんですが、4時くらいには暗くなるので「そろそろビール飲んでもいいかな」という気持ちが頭をもたげてくるのでこれも危険でした。

 ところで秋は学園祭の季節でもあります。
 ありがたいことに毎年あちこちの大学のサークルが声を掛けてくれ、今年は11/3に早稲田大学戦史研究会でお話をさせてもらうことになりました。「プーチン以降のロシア」というタイトルで、プーチン政権の任期が切れる2024年以降のロシアについてみなさんと一緒に考えてみたいと思います。
 詳細は以下から閲覧できますので、都内でお時間のある方は是非お越しください。


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小泉悠(軍事アナリスト)
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