ゲラシモフ参謀総長演説「軍の使用に関する形態及び手段の発展傾向とその改善に関する軍事科学の課題」(2013年1月)

ワレリー・ゲラシモフ「予測における科学の価値」『軍需産業クーリエ』No.8 (476)2013年2月27日

 1月末、軍事科学アカデミー総会が実施され、政府の代表者とロシア連邦軍の指導部が出席した。ロシア連邦軍参謀総長が「軍の使用に関する形態及び手段の発展傾向とその改善に関する軍事科学の課題」と題して行った報告の主要部分を紹介したい。
(以下、ゲラシモフ将軍の発言)

 21世紀においては、戦争状態と平和の間の相違が取り払われる傾向があります。戦争はもはや宣言されることなく始まり、我々に馴染みのある形式によらず進行します。
 北アフリカや中東におけるいわゆるカラー革命に関するものを含めて、近年の軍事紛争の傾向から言えるのは、全く平穏な国家がほんの数ヶ月とか、ことによると数日の間に過酷な武力紛争のアリーナに変わり、外国の激しい干渉が行われ、混沌のどん底、人道的な悲劇、そして内戦に陥るということです。

「アラブの春」の教訓

 もちろん、「アラブの春」は戦争ではないのだから、我々軍人が学ぶことなどないのだと口にするのは簡単です。しかし、もしかするとことは逆であって、これらの出来事こそが21世紀の典型的な戦争なのではないでしょうか?
 被害や破壊の規模、社会・経済・政治に対する破滅的な影響から見て、こうした新たなタイプの紛争は最も本格的な戦争のそれに匹敵します。
 そして「戦争の原則」そのものが実質的に変化しています。政治的・戦略的な目標を達成するために非軍事手段が果たす役割が増大しているのです。場合によっては、その効果は兵器の力をも超えます。
 政治、経済、情報、人道、その他の非軍事手段が広範に適用され、これが住民の抗議ポテンシャルと相互作用して具現化することで、敵対手段を使用する際の重点は変化します。ここに加わるのが、情報敵対の実施や特殊作戦部隊の活動を含めた非公然の性質を持つ軍事手段です。ある段階で紛争が成功を収めそうだとなったら初めて、しばしば平和維持活動とか危機管理の体で公然たる軍事力の使用が行われます。
 ここから、もっともな疑問が導かれます。すなわち、現代の戦争とはどのようなものであり、軍の準備態勢はどのようなものであるべきか、そして軍は何に備えて武装すべきか、ということです。この問いに答えて初めて、我々は長期的な将来における軍の建設と発展の方向性を規定できるのです。そのためには、軍の運用形態及び手段を我々がいかに利用するのかを詳細に示さねばなりません。
 現在では、伝統的なものと並んで非在来型の手法が取り入れられています。指揮システムや支援システムの新たな能力を用いた統一偵察・情報空間の中で活動する機動的な軍種間部隊集団の役割が高まっています。軍事活動はよりダイナミックに、活動的に、より影響の大きなものとなっています。敵がつけ込める戦術・作戦上の休止期間は消滅しつつあります。新たな情報テクノロジーは、部隊と指揮機関の間の空間的、時間的、情報的な隔たりを著しく減少させています。戦略・作戦レベルにおいて大規模な部隊集同士が前線で衝突するのは過去のことです。戦闘及び作戦における主要な目標達成手段となっているのは、敵に対する遠隔・非接触の作用です。敵の目標は領域内の全縦深で打撃を受けます。戦略・作戦・戦術レベルの相違や攻勢と防勢の区別は失われつつあります。精密誘導兵器が大規模に使用されるようになっています。新たな物理的原則に基づく兵器やロボット化システムが軍事の世界に活発に取り入れられつつあります。
 軍事闘争における敵の優位を相殺することが可能な、非対称な活動が広がっています。これに関連するのは、敵国の全領域に恒常的な戦線を作り出す特殊作戦部隊や国内反体制派の活動、そしてその形態や手段を不断に進化させている情報感作の利用です。
 進行中の変化は主要国のドクトリン的観点に反映され、軍事紛争で実証されています。
 イラクに対する1991年の「砂漠の嵐」作戦において、米軍は早くも「グローバル・スイング−グローバル・パワー」と「エア・ランド・オペレーション」を実現していました。2003年には、「イラク解放」昨年において、いわゆる「ジョイント・パースペクティブ2020」に基づいた軍事行動を実施した。
 現在では、「グローバル・ストライク」概念と「グローバルMD」概念が策定されています。これは地球上のあらゆる地点において敵の施設や部隊を数時間以内に打撃し、その報復攻撃が受け入れ難い損害をもたらすことがないようにするというものです。米国ではまた、極めて短い期間で機動性の高い軍種間部隊グループを設立することを目指したグローバル統一作戦ドクトリンが実現されつつあります。
 近年の紛争では、軍事的なものとは全く見えない軍事闘争の新たな遂行手段が出現しています。これが使用されたのがリビアで、飛行禁止区域が設定され、海上封鎖が実施され、民間軍事会社が広範に使用されるとともに反体制派の武装勢力との緊密な連携が行われました。
 我々は正規軍によって実施される伝統的な軍事活動の性質はよく理解していますが、非対称的な形態・手段によるそれについての知識は非常に表面的であることは認めざるを得ません。そこで重要性が高まっているのが軍事科学であり、当該の活動についての統一的な理論を打ち立てる必要があります。軍事科学アカデミーの仕事と研究はその助けとなるでしょう。

軍事科学の課題

 軍事闘争の新たな形態及び手段について論じる上では、我が国の経験を忘れることはできません。つまり、大祖国戦争におけるパルチザン部隊の投入や、アフガニスタンや北カフカスでの非正規部隊との戦いです。
 特に申し上げたいのは、軍事活動の、ある特化された形態及び手段が生じてきたということです。その基本にあったのは、不意を衝くこと、速いテンポでの移動、戦術空挺降下と迂回部隊の巧みな運用であり、それら全体が敵の思考を出し抜いて決定的な打撃を与えることを可能としました。
 現代の軍事闘争の性質変化に影響を及ぼすもう一つのファクターは、軍用ロボット化コンプレクスの使用と人工知能分野における研究です。今日、空を飛んでいる無人航空機に加えて、将来の戦場には歩いたり、這ったり、跳ねたり飛んだりするロボットが溢れることになるでしょう。そう遠くない将来、戦闘活動を自律的に行える完全にロボット化された編成が登場することはあり得ます。
 このような環境で、どのように戦うのでしょうか?ロボット化された敵とは、どのような形態及び手段で戦えばよいのでしょうか?我々にはどのようなロボットが必要で、それをどう使えばいいのでしょうか?我々の軍事思想は今や、これらの問題について考えねばならなくなっています。
 これらの問題の中で細心の注意を払うべき部分は、部隊集団の使用に関する形態及び手段の改善です。ロシア連邦軍の戦略的な活動の性質を再定義せねばなりません。問題はすでに提起されています。幾つの戦略的な作戦が必要とされ、将来はどのような、どれだけのそれが求められるのか?まだ答えはありません。
 日頃の活動において向き合わねばならなくなっている問題は他にもあります。
 今日、我々は航空宇宙防衛(VKO)システムの編成を完了すべき段階にあります。これに関連する喫緊の課題は、部隊及び装備のVKOに関する形態及び手段を発展させることです。参謀本部はすでにこの作業を進めています。軍事科学アカデミーにはここに活発に参加していただきたいと思っています。
 情報敵対は、敵の戦闘ポテンシャルを低下させるための広範な非対称的能力を可能としました。北アフリカにおいて、我々は、情報ネットワークによって国家機構や住民に対して干渉するテクノロジーが用いられる様を目撃しました。自国の対象を防護することも含めて、我々は情報空間における活動を改善せねばなりません。
 グルジアに和平を迫る作戦では、ロシア連邦の国境外で軍の部隊を運用するための統一的なアプローチの欠如が明らかになりました。リビアの都市ベンガジで2012年9月に発生したアメリカ領事館への攻撃や、最近のアルジェリアにおける人質事件は、国境の外において国益を保護する武力システムを構築することの重要性を確認させるものです。
 ロシア連邦軍を国外で機動的に運用できるよう、連邦法「国防について」が2009年にはすでに改正されていたにも関わらず、その形態と手段は規定されていません。そのほか、省庁間レベルでの効果的な運用を確保する問題も未解決です。国境の通過、外国の領空及び領海の利用の手続きと、駐留国政府とのやりとりの手順が簡略化もここに含まれます。
 この問題については、学術機関と関連省庁の共同作業を実施することが必要です。
 国境外における軍事力運用の一つの携帯が、平和維持作戦です。ここには、伝統的な部隊の活動に用いられる手段に加え、術科、人道、救難、衛生警護といった特別のものが含まれます。
 このほか、平和維持の任務は複合的・多面的なものであって、通常の部隊がこれに当たることもあり得ますが、そのためには根本的に異なる訓練システムを設置することになるでしょう。というのも、平和維持部隊の任務は紛争当事者を引き離し、非戦闘員を救護し、敵対の可能性を低減させて平和な生活を回復することにあるからです。そのすべてが学術的な検討を必要とします。

領域のコントロール

 今日の紛争においては、より大規模に投入されるようになっている敵の特殊作戦部隊の活動から住民、施設、通信を保護することが特別の切迫性を有しています。この任務に当たるものとされているのが領域防衛の組織化と実施です。
 2008年までは、軍は戦時に450万人で構成されることになっていたので、この任務は専ら軍が担当することになっていました。しかし状況は変化しました。今や破壊工作・偵察部隊やテロ部隊への対処は、国家の全武力機関の複合的な運用によってのみ組織しうるものです。
 このような作業は参謀本部によって展開されます。その基礎となるのは領域防衛に対する修正されたアプローチであり、これは連邦法「国防について」の改正案の中に反映されています。この法案が採択されれば、領域防衛の指揮システムが修正され、その実施に関するその他の軍、軍事編成、組織及びその他の国家機構の役割と地位が法的に確定されることになります。
 現代的な条件下において、テロ部隊や破壊工作部隊に対処する手段を用いて複数の省庁に跨る部隊及び装備が領域防衛に関する任務を実行する際の手順について、軍事科学からのアプローチを含めたしっかりした勧告がなされる必要があります。
 アフガニスタン及びイラクで実施された軍事活動の経験は、ロシア連邦軍が紛争後の解決に参画する際の軍の役割や参画度合いを他の省庁の研究機関と共同で検討し、部隊の活動の任務や手段を一覧化し、軍事力を使用する範囲を確定する必要性があることを示しています。
 重要な問題となるのが、部隊集団の省庁間的な性質を考慮して意思決定を助ける科学的・方法論的な仕組みを発展させることです。統合された可能性を、そこに含まれる全ての部隊のポテンシャルを考慮して研究せねばなりません。ここでの問題は、既存の作戦や戦闘活動のモデルではこれを達成できないということです。新しいモデルが必要なのです。
 軍事紛争の性質の変化、軍事闘争アセットとその使用に関する形態及び手段の発展は、全方位的な支援手段に対する新たな要求を規定します。これは忘れてはならない科学活動のもう一つの方向性です。

アイデアは命令では生まれない

 今日における我が国の軍事科学の状況は、第二次世界大戦中における我が国の軍事理論思想の最盛期とは比べものになりません。
 もちろん、そこには客観的・主観的な原因があり、具体的な誰かに責任があるわけではありません。よく言われるように、アイデアは命令では生まれないのです。
 それはそうなのですが、別のことも認めねばなりません。そこには博士も、博士候補も、学派も方針もなかったのです。あったのは、素晴らしいアイデアを持った非凡な人間性でした。言うなれば彼らは優れた思想を持った科学の熱狂者でした。今はまさにそのような人が足りていないのだと思うのです。
 例えば、ゲオルギー・イセルソン師団長は、戦前の考え方ではあるが、『闘争の新たな形態』という本を出版しています。この中で、ソ連の軍事理論家は次のように予見していました。
「宣戦布告などということは行われなくなるだろう。それは軍隊が展開される前にただ始まるのである。動員と集結は、1914年のように戦争状態に至った後に行われるのではなく、その前の長期間に渡って段階的に行われる」
「祖国の預言者」の運命は悲劇的なものでした。我が国は参謀本部アカデミー教授の結論に耳を貸さず、代償として多くの血を流すことになったのです。
 ここから導かれる結論はこうです。新たなアイデア、非標準的なアプローチ、軍事科学における異なる見方を馬鹿にするような態度は認められないということです。さらに認め難いのは、実務者の側が科学に対して軽蔑的な態度を取ることです。
 締め括りに次のことを申し上げたい。敵がどれほど強くても、その部隊や武力闘争アセット、その運用に関する形態及び手段がどれだけ優れていても、そこには必ず弱点を見出せるのであって、したがって相応の対抗手段が存在します。
 我々は他者の経験をコピーしたり、先進国に追いつこうとしてはなりません。我々は凌駕し、自らが主導的な立場にならねばならないのです。ここで重要な役割を果たすのが軍事科学です。
 ソ連の傑出した軍事科学者であったアレクサンドル・スヴェーチンは次のように書いています。
「戦争の状況を予測することは並外れて困難である。それぞれの戦争に対して特別の戦略的な振る舞いの方向性を編み出さねばならないし、それぞれの戦争はその独自の論理を打ち立てることを求める個別の局面なのである。何らかのテンプレートを当てはめる訳にはいかないのだ」
 このアプローチの重要性は全くもって変わっていません。実際、それぞれの戦争は独自の局面なのであって、その独特の論理、固有の独自性を理解する必要があります。したがって、ロシアやその同盟国が巻き込まれる可能性がある戦争の特徴を今、予測することは非常に困難です。とはいえ、この問題に取り組まない訳にはいきません。軍事理論が予測という機能を果たさないなら、軍事科学の分野におけるどんな研究も無価値です。
 今日、軍事科学の前に立ちはだかる多くの課題を解決するために、軍事科学アカデミーが並居る軍事研究者と権威ある専門家の総力を結集して支援してくれることを期待しています。
 軍事科学アカデミーと参謀本部の緊密な関係はさらに発展し、改善されていくであろうと確信します。


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