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思い出の外国人【ルナ篇】

 僕の地元の中日には、ナゴヤ球場を本拠地としていた頃から何十年も優良な外国人選手がいることが伝統となっている。僕が産まれる前の選手を調べると、マーチン、モッカ、ゲーリー、バンスロー、パウエル、ゴメスという名前が連なり、物心が着く前にはアレックス、タイロン・ウッズ、そして僕がよく知っているブランコ、ルナという系譜に現在のビシエドが続いているわけだ。今回は、そんな外国人選手の思い出を語る企画の第1弾として、ルナを回顧する。

ジャパニーズ・ドリームを掴んだ格安助っ人

 MLBではセントルイス・カージナルスを皮切りに5球団を渡り歩いたさすらいのユーティリティ・プレイヤーだった。その後、横浜へと移籍したブランコの穴を埋めるべく単年契約の3500万円という格安条件で中日に入団。背番号は0。意外にも、NPB初の背番号0を着けた外国人だったようだ。

 このシーズン、ルナは文字通りの助っ人として23試合連続安打を放つなどの大活躍を見せてくれた。当時、僕の家では中日スポーツの朝刊を購読していたが、毎日のように「ルナ」という見出しと共にポッチャリとした背番号0の背中が一面で踊っていたことは昨日のように思い出すことが出来る。守備、走塁もよく、トリックプレーやスキをついた咄嗟の判断はさすが元大リーガーだなと小学生ながらに感じていた。長打力は無かったが、このシーズンはそれを同じく新外国人のクラークが補ってクリンナップにどっしりと座った。しかし、その後故障により離脱し、それと同時にチームも勢いを無くしBクラスに。ミスタードラゴンズの高木守道監督もユニフォームを脱いでしまった。

暗黒の中で光り輝いた3年間

 翌年、持病の薬が日本では使えないためにクリンナップを形成していたクラークが退団した。代わりに獲得した左のゴメスもNPBの緻密な変化球やクイック投法にアジャストできず不発で、衰えの見えた森野将彦、和田一浩とまだまだ若く粗さの目立った平田良介と共に中軸を任されたものの、それが故か長打を打つスタイルへと打撃を変え17本、73打点と貧打線の中孤軍奮闘した。ベストナインにも選ばれ、失策は多いものの守備でも前年同様にダイナミックなプレーは今でも多くのファンが覚えているだろう。

 中日最終年には人工芝に慣れたのか、2桁盗塁を記録。何とこのシーズンは成功率10割。2桁の盗塁をする外国人は珍しくないが、成功率10割はもしかしたらルナだけかもしれない。5000勝のかかった試合でも満塁弾を放ち、燦然と球団史に名前を残したが高橋周平に三塁手を任せたいという球団の意向に加え、現役大リーガーのビシエドを獲得したことから弾かれるように退団。

 その後は広島へと移籍した。新天地では1試合4失策の記録を残すなど衰えを隠せなかったが、マツダスタジアムに本拠地を移してからの初優勝に貢献した事で広島ファンの心にも残っているだろう。

最後に

 随分と長い昔話となったが、皆さんにお楽しみ頂けたら幸いだ。これはシリーズ物にしようと思う。

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