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因果関係の証明は非常に難しい

 大学で勉強して「ためになったこと」をあえてひとつ挙げるとすれば,「因果関係を証明することは非常に難しい」ということを経験し,実感したことだと思います。このおかげで,メディア・リテラシーや科学的視点が身についたかもしれませんし,少し大げさに言えば,世の中を正しく見られるようになったかもしれません。今回は,心理学の教科書に書いてあるような「相関関係と因果関係」という有名なトピックに触れたいと思います。


人は因果関係が大好き?

 よくいわれることだと思われますが,人は目の前のものごとの中に因果関係を読み取りやすい傾向があるようです。以前にご紹介した『錯覚の科学』では,「原因の錯覚」(ものごとをパターンで捉え,偶然の出来事に因果関係を読み取り,話の流れの前後に原因と結果を見ようとすることによる錯覚)として,この傾向が取り上げられていました。

 もし自分の周りのものごとについて,すべて因果関係がわかっていたら,居心地がよいかもしれません。わからないものが多いよりは,わかっているものが多いほうが,うれしいかもしれません。因果関係を見出すことが得意な傾向が本当にあるとすると,私たちの行動の多くは一気に説明されるかもしれません。

 身の回りでなされる会話やテレビ番組の説明の仕方を聞いていると,まだ解明されていないことに対して,勝手に(あるいは,とりあえずの仮定をして)因果関係があるように語っているように見えることは多いと思います。人は因果関係を見出すのが好きなのかもしれません。


相関関係と因果関係

 一般に,2つの変数間において規則的な関係があるとき,この関係は相関関係と呼ばれます。手元にある『心理学研究法』(高野・岡編, 2017)という心理学の教科書を開いてみます。この教科書では,2つの変数の間に相関関係があったとしても,そこにどのような因果関係があるのかを判断することはできない,ということが述べられています。

 この教科書では,相関関係が見出せる具体的な例がいくつか挙げられています。そのひとつに「燕が巣をつくると家が栄える」というものがあります。この文の因果関係は本当に正しいでしょうか。これはもっともらしいですが,実際には原因と結果が逆です。栄えている家には人の出入りが多く,蛇のような燕の天敵が巣に近寄らないため,燕は栄えている家の軒先に好んで巣をつくることがわかっています。つまり,家が栄えるから燕が巣をつくるというわけです。

 この教科書にある例をもうひとつ挙げます。「清涼飲料水がよく売れた月ほど小児麻痺の発生率が高い」というものです。ここでは因果関係が成立するでしょうか。本当の原因は気温です。実際には,清涼飲料水があまり売れない冬には小児麻痺を媒介する蚊があまり発生しませんが,清涼飲料水がよく売れる夏には蚊がたくさん発生するため,小児麻痺も多くなる,という説明が成立します。

 このように,たとえ相関関係が見出せたとしても,それだけで因果関係が成立したとはいえないということがわかります。別の教科書(三浦, 2017)では,変数Xが原因で変数Yが起きているという因果関係を決定するための5つの条件について,以下のようにまとめられています。

①2変数間の相関関係の強さ
②時間的先行性(XがYに先行して出現すること)
③関係の特異性(XがYの発生に特異的にかかわっていること)
④関連の普遍性(XとYの関係が測定の時期・対象・方法が異なっていても認められること)
⑤関連の整合性(XがYの原因になりうることが外的基準により検証できること)

 これだけの条件が揃わないと,因果関係があるといえないのですから,その証明はとても難しいものだということがわかります。科学的な研究の目的を一言でいうならば因果関係の究明だといえますが,因果関係の証明は非常に難しいので,たとえ相関関係が見出せたからといっても慎重にならなければならないというわけです。


 たとえ相関関係がわかっても,道のりは遠いわけで,ましてデータや相関,何らかの論理などを一切示さずに何かを述べるというのは,だれかを納得させる方法ではないと思われます。日常生活ではそれでよいかもしれませんが,しっかりとした話や議論では,多くの人を納得させることはできないでしょう。

 私の経験からいえる話にすぎませんが,大学で心理学を学ぶと,おおよそこういうことを習って,実際に実験や調査などを自分でもやってみて,因果関係の証明の難しさを経験的に実感することができます。おそらく心理学に限らず,こういったことは他のほとんどの分野でも習うのではないでしょうか。「因果関係の証明は難しい」という視点は,大学で学べる一種の重要な教訓だといえるかもしれません。

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