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静岡県のとんがり部分を3日がかりで見て来た。南アルプスをご覧じろ!

 横向きの金魚にユニコーンの角が生えたみたいな形をしている静岡県。その角(とんがり)は長野県と山梨県の県境に分け入るように刺さっています。静岡県民でもほとんどの方がいったことない場所。先日、縁あって訪れることができたのでご紹介しましょう。深山幽谷の趣きをとくとご覧あれ。

Q.静岡県のとんがり部分がどんな場所か知ってますか??

画像の出典:静岡県 青字・赤字は阪口が追記

 住所的には、静岡県葵区。静岡県の県庁所在地で70万人が暮らす静岡市に属しています。ところが静岡市の街は沿岸に寄っていて、「まち」の北側(静岡市の大部分)はオクシズと呼ばれる、里山文化の色濃い自然豊かな場所。そしてその突端のとんがり部分はというと、標高3000mの山々がそびえる、南アルプスです。車道はとんがりの付け根までしかありません。そこから先は、二本足かヘリコプターでしかアクセスできない、辺境の山奥

 静岡に来てからずっと静岡の最奥を踏みたかった…でも登山をかじった身だからこそわかってしまう、登山口までのアクセスの悪さ、標高差2000mの登り、そして一日の行動量。自分には無理…と諦めておりました。

登山口までのアクセスの悪さ
静岡駅から畑薙ダムまで山道を約3時間、バスに乗り換え1時間。4時間かけてやっと登山口に辿り着く。しかも畑薙ダムまで行く公共交通機関はないので、マイカーで行くしかない。車を運転できない私には、そもそも登山口まで辿り着くことができない場所…

いざゆかん、南アルプスの王者・赤石岳へ

 とんがり部分への憧れだけを募らせる日々でしたが、先日、登山家・大石明弘さんの赤石岳登山ツアーが開催されることに。なんたる僥倖ぎょうこう。ロープウェイ頼みのお気楽登山ばかりでなまった身には躊躇ためらわれましたが、「ゆっくり登ります」の文言に押され、震える手でご連絡。静岡にきて5年目にして初めて南アルプス南部に踏み込んできました。

ここがとんがり部分の中の景色!標高3000m、山頂まであとわずか。
二本足でしか来られない、特別な場所です。

【行程】
初日  
 静岡駅=🚙=畑薙第一ダム=🚌=椹島さわらじまロッジ …登山口まで約4時間
 椹島ロッジ標高1100m=(登り)=赤石小屋2600m着 …5時間かけて標高1500mアップ
二日目  
 赤石小屋2600m着=(登り)=赤石岳山頂3121m=(下り)=赤石小屋2600m …3時間かけて標高500mアップ
三日目  
 赤石小屋2600m=(下り)=椹島ロッジ1100m …4時間半かけて下山
 椹島さわらじまロッジ=🚌=畑薙第一ダム=🚙=白樺荘♨=井川=静岡駅

山に慣れた方はもっと速く登って1泊で帰ってこられるかもしれませんが、登山メンバー内最弱の私はこの行程でギリギリでした…

 くたくたになったものの、メンバーと天候に恵まれ素晴らしい山行となりました。せっかくなので、登山家以外の方々にも南アルプスを追体験いただきたく、標高ごとに山中の様子をご紹介。

―とっても長い記事になってしまったので、山頂だけみたいんじゃ!という方はサーッと強めのスワイプ3回くらいすると辿り着くと思います。―


初日

①登山口まで

 朝4時に静岡駅を出発し、早朝の井川(かつての井川村)を通過。井川だって相当に山奥ですが、さらに一時間程走らせて、畑薙第一ダム。

駐車場に車を置いて、バスに乗り換えます。ここに戻ってくるのは2日後。
バスにはヘルメットが置いてあり、着用が必須。途中から舗装されていない道をガタガタと進む。

 バスに揺られ小一時間、椹島さわらじまロッジに到着。すでに標高1100mあるので、街中よりかなり涼しい。

赤石岳の標高(3121m)に併せたナンバープレート。運行は、特種東海フォレストさん。ありがとうございます。
早朝の日差しが美しい。

②標高1100m~1500m付近

 ここで文明に別れを告げて、登山開始。

0/5スタート地点です。
ブナ林
急登がずっと続きます。
樹高は高い。サワラかヒノキ??
たまにみつかるキノコに癒されます。タマゴダケっぽい。

 登り始めて40分、1500m付近でギンリョウソウが咲いているのをみつけ、休憩。このあたりは樹高も高く、下草はない。たぶんシカが全部食ってます。大きなキノコがぽこぽこと発生していて、かわいい。

ギンリョウソウ:葉緑体をもたない白い植物。光合成をしない代わりに、菌から必要な栄養素をもらう(というか、菌を通じて針葉樹のつくった栄養素を奪ってるいる)。

 ギンリョウソウは独自の生存戦略をとったおもしろい植物です。[ギンリョウソウ]ー[菌類(菌根)]ー[そのへんの木]が菌根菌きんこんきんネットワークで繋がってる。
 詳しくはこちら▼。知ると森の中を歩くときワクワクするはず!


③標高1500m~2000m付近

  黙々と急登を進むにつれ、樹高は低く、林内が明るく感じてきます。生えている樹(植生しょくせい)も移り変わります。

 足元にも変化あり。針葉樹の落葉でふかふか。
でっかいアリがうろついています。ムネアカオオアリか?
ここより上でみかけることはほとんどなかった。
たまに開けた場所もあります。

 2000m近くになると、苔が増えてきました。標高100m上がると0.6℃気温が下がります。つまり下界より12℃低いこの辺りから上が、苔にとって暮らしやすい冷涼なエリアになったということなんでしょう。

苔×Foveon
photo by SIGMA dp1Quattro
photo by SIGMA dp1Quattro
嬉しくて苔ばかり撮ってしまう。
シラビソかな?「フローラルな香りの樹液がでてるよ」と教えてもらう。ハッカのようなスッとする清涼感がありつつも華やかなにおい。
林床の雰囲気の違い、伝わるでしょうか?1500m以下の写真では足元はずっと茶色かグレー(岩と土ばかり)。それがここでは苔むして緑が多い。

④標高2000m~2500m付近

 もう登り始めて4時間近く、標高1000m分を上がっていて、さすがに疲労がたまってきます。ただし2000mをこえた冷涼な森はとても快適だし、ここまできたら小屋(2560m地点)まであと少し、と元気を振り絞って歩き続けます。

木立の隙間からみえる稜線に心躍る。高い場所にきたぞー。

 細い木(若い木)が多い。「木材用途で伐採した名残じゃないか」とのこと。なるほど。

 ここが本日最後の急登。すでにへとへとなので、心して臨む…

山の荷運びのプロ、歩荷ぼかを最後に苦しめる坂!
急傾斜なのは間違いないけど、ダケカンバの木肌美しい登り始め。

 ひぃひぃ言いながら登るつもりが、林内の雰囲気や足元のお花に励まされてあちこち見て写真を撮りながらで、思っていたより辛くない…かも..?!

トリカブトの仲間。最近トリカブトを食べるシカもでてきているとか。
(トリカブトには毒があるので、シカに食われまくったエリアでもトリカブトの花だけ残ってることが多いのだけど。)
アキノキリンソウかな?

 歩荷返し終了。終わってみればあっというま。「なんだ意外と大したことなかったね」と笑い合う。

 あとはゆるゆる歩き。

大石隊長「ほら!」
赤石岳だ!(まだまだ遠い)
この辺はシラビソとトウヒの混林かな?

 足元には赤い石が!!赤石岳の由来がこちら。

赤色のラジオラリアチャート板岩。「ラジオラリア」は放散虫のこと。放散虫は太古の海のプランクトンなので、かつてはここも海底だったということか…

 そしてついに初日のゴール、赤石小屋へ。

⑤赤石小屋

 小屋が見えた時は思わず喜びの声が出ました。標高1100mの椹島ロッジから登り続けること約5時間、ついに標高2560m。長かった。

小屋の看板がかわいい。
登山隊サポーターの是永さんが下界からもってきて、小屋でむいてくれた梨。世界で一番美味しい梨でした。

 小屋からは、荒川三山~赤石岳~聖岳までが見えます。

小屋前からの展望。真ん中の△は「兎岳」。名前はかわいいけどなかなかの悪路で辛いらしい。

 ここからは、夜~夜明けの写真をお楽しみください。

赤石岳の稜線と星空。満月の明るい夜でした。
夜明け。
徐々に明るくなる。
そして見事なモルゲンロートだ!!!※山肌に朝日が射して赤く染まる現象のこと。
photo by SIGMA dp1Quattro
小屋から10分ほど歩いた場所からは、富士山が見える。美しいグラデーション。

 あっという間に空のオレンジ色は抜け、青空が広がる。

雲海もでていた。

そして二日目

①標高2500m~3000m

 小屋まで到着して安心していたけれど、まだ山頂まで3時間の行程が残っている。気を引き締めて、二日目出発。

朝日をうけながら樹林帯を登り始める。
ついに樹林帯を抜けた!!ハイマツ林だ。そして目の前に赤石岳。あれ、想像以上に遠いな…

 小屋からみた赤石岳はもっと身近に感じたのに…歩き出して30分、南アルプスのダイナミックさを痛感。赤石岳が大きすぎて近いと錯覚していただけ。しんどくって写真をあまり撮れていない。

荒川三山
photo by SIGMA dp1Quattro
すでに秋の気配が漂う。
photo by SIGMA dp1Quattro
振り返ったときに富士山が眼前に広がっていると一気にやる気が出ます。
ここは富士見平。
山頂はあそこだ!(まだ遠い!)
標高3000m近くなっても樹林帯が続いている。北アルプスだともうとっくに木はない(森林限界の)高さ。
高山のダケカンバ林。谷側にたわんでるのは、冬の雪の重みのせい。
今回のルートのなかでもちょっと危険なポイント(慎重に進めば見た目ほど怖くはない)。

 今回、一番お見せしたかったのはこの写真かもしれません。見てください、この山深さを。これが南アルプス南部。

山、山、山…

 そしてここからが最後の急登(地獄)。

これもカール(氷河が削った地形)かな。見上げたときの印象は、壁。
空との境界線まで目指して登る。
photo by SIGMA dp1Quattro
途中休憩。

 地獄の急登はほとんど写真を撮れませんでした。浅くなる呼吸とどんどん重くなる足どり。無心になって右、左、右..と足を交互に出すのみ。小一時間たったころ、やっと稜線に立ちました。
 不思議なことに稜線にくるとふわっと足が軽くなる。荷物をおろして深呼吸。

登ってきたのと逆サイドには、長野県がみえる。伊那?
あんなに遠く見えてた赤石岳がついに目の前に。これを登ればゴール。
稜線に出てからはポーズをとる余裕も出た。
photo by としおさん

②標高3121m、赤石岳山頂

 小屋を出て3時間半、10:30に登頂。まだ午前中。

振り返ると小さく赤い屋根の赤石小屋が見える(画面中央右寄り)。遠い・・。
この景色をみるために、生きてる。
photo by SIGMA dp1Quattro

 山頂は広々、360度の大展望。遠くは北アルプスの槍ヶ岳まで見えていました。山頂で昼食を食べたり、ヨガをしたり写真・動画を撮ったり…思い思いにのんびり過ごすうちに、気づけば雲があがってきて湿度が高くなっていました。

山頂から100mほど離れた場所に、赤石避難小屋があります。そこで昼休憩。
赤石小屋でつくってもらったお弁当を避難小屋横のベンチでいただく。美味しかった!
山頂、石が立てられていた。なんで?
赤石避難小屋前にザックをデポして山頂を散策。
photo by SIGMA dp1Quattro
山の天気は一瞬で変わる。
photo by SIGMA dp1Quattro
山頂グリーゾーン
photo by SIGMA dp1Quattro

 ガスってしまったので、そろそろ下山。

③赤石小屋へ下山

 来た道を引き返します。

下りも楽ではない。
クジャクチョウが乱舞
フウロ
トリカブトの仲間
ガスの流れが速いので、霧につつまれたり視界が明けたりを繰り返す。
午後になると黄葉の色がはっきり目立ってきたきがします。

 2時間半かけてゆっくり下り(私がめちゃくちゃ足を引っ張ってしまった)、小屋に帰ってあとは休息。初日よりも、高所スタートの二日目のほうがしんどかった気がします。ちょっと真面目に日常でも運動しよう..

夕陽の残滓とともに一日が終わる。

 ちなみにこの日、下界では土砂降りの大雨だったらしい。雲の上と下で、天気は全然違う。

最終日、三日目

①赤石小屋~椹島ロッジ(登山口)

 この日は小屋から椹島さわらじまロッジまで一気に下る。快適だった山小屋と小屋番さんに挨拶をして、朝ごはんを抱えて5時に出発。

朝日に照らされる
歩荷返しをおりたところで朝ごはん休憩。
三日目も快晴。
往路でも休憩した、1700m地点。落葉の分解を眺める。
なんかの変形菌

 朝食タイムも含めて2時間半で標高を800mほど下げました。登りはあんなに時間がかかったのに。

もう、舗装路が見えてきて、終わりが近いことにみんなのテンションが上がります。でもほんとはちょっと寂しい。
初日、ドキドキしながら登った階段。
もう椹島ロッジまでわずか。

 そしてついにゴール。まだ朝の9時台。

無事に下山したお礼参り。

 椹島さわらじまロッジ到着。全員でストレッチヨガをして解放感に浸る。

登山隊にヨガインストラクター・ちほさんがいらっしゃったので、完璧なストレッチを教えてもらえた。
photo by 野竹さん

そしてこれがおそらく静岡県最北のソフトクリームだ!!

椹島ロッジで食べれます

②井川に寄って、静岡駅へ

 この後は、山の汚れや疲れをみそぐために白樺荘の温泉でゆっくりのんびり、リフレッシュ。途中、井川で寄り道しなが静岡駅へ。

手者万九てしゃまんく居士」。井川の、いや静岡のヒーロー「てしゃまんく」のお墓に寄ってもらった。てしゃまんくは力強くて足が速くて賢くて優しい男!
流行りのカフェもコンビニも映画館もなくたって井川が好きだ。
今回の山のお土産。てしゃまんくもなかは、あんこの奥からユズとお餅がでてくる。美味しくて夢中で食べてしまう。通常は井川でしか買えないのと毎日数量限定なので、見かけたらぜひ!

 井川やてしゃまんくについては語りたいことがたくさんあるので、また別の場所で好きなだけ書きつくねたいと思います。

 下山したのは10時前でしたが、その後ゆっくりお風呂入って寄り道しながら帰ったので、静岡駅には18時到着。身体はくたくたでしたが、憧れのとんがり部分に踏み入れた達成感、個性豊かな登山隊の方々との楽しい思い出を反芻しながら、帰宅しました。

 登山をする人以外はなかなか立ち入ることがない南アルプスですが、深い山ならではの静けさと豊かな自然を体感できる素晴らしい場所でした。
 ご覧いただいた通り、気軽に「登ってみて」とは言えないのですが、静岡県の突端はこんな深い山だったんだ!と知っていただけたなら嬉しいです。 次はとんがりの最先端(最北端)、間ノ岳あいのだけに行ってみたいな。

この沢を流れた水はおそらく大井川へ。

大事な情報

①大石明弘さん

 今回大変にお世話になった大石明弘さんは、8000m峰登頂された本物のアルピニスト。そんなすごい方が、清水にいらっしゃるとは・・・!そして山をご一緒できるとは・・!!

 ちなみに静岡県のとんがり部分には7つの3000m峰があるのですが、それ全てを寝ずに35時間で踏破してる動画もあります。鉄人すぎる…

「日本に21個しかない3000m峰が、静岡市内に7つもある!という事実」「それを30時間ぐらいでどこまでいけるか走れるところまで走りまくる」
「セブンサミッツ・トレイルランっていうこと?!」

②特種東海製紙さんと南アルプス

  江戸時代は徳川家直轄地だったこのとんがり部分の山々。明治維新後、大倉家が買い取り、木材生産を行いつつ(それが東海パルプ)、保護・整備。現在も椹島ロッジや、ロッジまでの交通手段、そして登山道の整備を特種東海製紙さんが行ってくれています。

赤石岳登山口そばの看板にも書いてあります。

 この山深い南アルプスから切り出した木材は、大井川の流れを使って下流まで運びました(川狩り)。
 なお、大井川鉄道・接阻峡駅から徒歩5分の資料館「やまびこ」1Fで詳しく展示されています。ここで放映されてる川狩りや南アルプスに関する動画、古い資料映像が好きな方は必見。大正~昭和の価値観に触れられてとてもいい(あまりにも好きで一部文字起こししました)。

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 今回は一人ではいけないと諦めていた場所に、山を愛する個性的で多才な方々と二泊三日をご一緒でき光栄でした。たぶん街中で出会ったらこんなにすぐに仲良くなれなかったんじゃないかな。下界のことなんて忘れて、目の前の景色や自然への向き合い方についてあれやこれやとしゃべる時間も、山の魅力の一つ。

photo by 野竹さんのRICHO THETA


補足
想像以上に、南アルプス登りたい!と言ってくださる方がいてとても嬉しいです。ただ、赤石岳はハイキングデビューにはまったく向いてない場所…
ぜひ、いくつかの高山を経験して山の魅力にはまったうえで、トライしてほしいです!
山はいいぞ、デビューするときのおすすめ装備についてかつて書いたのでご参考までに▼


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