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絶対音感が残念な話

音楽演奏では,絶対音感よりも相対音感のほうが大事だ。 日本には今でも絶対音感神話がある気がするが,音楽演奏ではとにかく相対音感が大事だ。

一応説明しておくと,絶対音感は音の高さ(周波数)を判断する能力,相対音感は音と音との音程差(周波数の比率)を聞き取る能力だ。 弦楽器の音程をとったり,合唱やアンサンブルできれいにハモるには,相対音感が必要。

音律の細かい話は省くが,アンサンブルでは基本的には調性に応じたハモる音程をとりつつ,時には,わざとハモリから少しずらした音程も取る。その場合,1オクターブをピアノのように12個の音程で分けるのでは全く足りない。絶対音感は,細かい音程差はともかく,聞いた音を1オクターブ12個の音程のどれかにあてはめる能力なので,むしろ邪魔になることが多い。

残念なことに,この事実を知らない音楽家は少なくとも日本には多い。これまで,「僕は絶対音感があるので,音程には自信がある」と自称するプロの弦楽器奏者に何人もあったことがあるが,そう言っている人で実際に音程の良い人に会ったことはない。一方で,絶対音感は全く持っていくても音程は素晴らしく良いプロの演奏家はたくさんいる。

ピアニストが弦楽器と合わせるとき,弦楽器の音程が悪いと文句を言うピアニストは割といる。もちろん,弦楽器奏者の腕前の問題のこともあるが,そもそもピアノの音程が悪いことを知らない人が多い。例えば,弦楽器なら綺麗にハモる5度音程は,平均律で調律されているピアノでは濁った音程差になっている。

ちなみに,アンサンブルの上手なピアニストは(変な言い方だが)音程が良い。平均律に調律されてしまっているピアノの音程が,純正律的な弦楽器の音程と溶け込むような,音程が良く聞こえる弾き方をする。残念ながらそのようなピアニストが少ないのは,技術的な問題以前に,平均律に調律されたピアノの音程が最も正しいと信じ込んでいる人が多いことが原因と思う。

絶対音感と相対音感は異なる能力だが,絶対音感が相対音感の獲得を邪魔することは多い。しかし,両方身につけている人もいる。家内は両方の音感があるようで,音程にはとてもうるさい。 バイオリンを少しだけ弾くチビも,いろいろな曲を移調して遊んでいるかと思ったら,「あれ,この録音はバロックピッチ(普通のピアノより半音くらい低い)だね」とすぐにわかるので,どうやら両方の音感があるらしい。 チビの練習時間といったら毎日5分くらいで,英才教育のようなことは全くしていないので,遺伝の影響かなと思う。(絶対音感の獲得には遺伝の影響が高いとの説もある)

僕はというと,絶対音感はそこそこにあるものの,相対音感は弱い。そして絶対音感の副作用だと思うが,一つ一つの音に特有の音色を感じてしまう。これが原因で以下の問題がある。

  1.  移調は苦手。調が違うと違う旋律に聞こえる。

  2. 和声の音色を感じるのが苦手。例えばドミナントの和音は,調性が違うと(例えば,ハ長調とト長調),全然違う音色に聞こえてしまう。(一つ一つの音に注意が向いて,ハーモニーに注意が向きにくい)。同様に,音程差(長〇度音程とか)の判断も,それなりにはわかるのだが,あまり得意ではない気がする。例えば,ドとソ,ソとレはどちらも同じ音程差(完全5度)だが,全然違う響きに聞こえてしまう。つまり,絶対的な音程とは無関係な,音程差で生まれる響きがわかりにくい。

  3. 弦楽器🎻で音階を弾いても,平均律っぽくなってしまう。これまで何人かのチェリストにチェロを習ったが,スケールを弾いた途端に「君は絶対音感だね」と何度か笑われた。そこそこの音程で弾けるが調性感が乏しいということだ。「君の半音階のスケールは,何調で弾いてるかわからないね」と言われて弱ったこともある。

  4. チェンバロなどバロックピッチの楽器(普通のピアノの調律より約半音低く調律する)を弾くと,自分がどの鍵盤🎹を弾いているか,わけがわからなくなり,錯乱状態になる。ただし,これは10年くらいで慣れた。チェンバロを弾くのは2,3ヶ月に1度くらいなので,毎日弾けばもっと早く慣れたのだろうが。

  5. 歌を聞いても歌詞が頭に入りにくい。 記憶力が無いのには自信があるので,あまり気にしていなかったのだが,歌詞を聞くのが苦手なのは絶対音感がある人によくある症状の一つらしい。頭に浮かぶ音名が,歌詞を聞く邪魔をするんだ。 最近は,年齢のせいか,絶対音感も怪しくなってきた上に,歌詞もやっぱり頭に入らないので,ただのダメダメな人になってしまっている😭

  6. いろんな曲を聞く時,音にドレミの言葉がくっついてしまう。音自体をきく邪魔をしている気がする。音楽は,絶対音感がない人にはどのように聴こえているのだろう。。。

ちなみに,ヨーロッパでは絶対音感を持つ人は少ないらしい。その原因についてはいろいろな説があるが,それはともかく,「きみは絶対音感があるのか。それは,残念だね」と言われることが多いと,よくヨーロッパにピアノを弾きに行く妹から聞いた。

そんなこんなで,日本には何故,絶対音感神話のようなものがあるのかが不思議なところだ。理由を推察するに,戦時に,戦闘機の音から機種等を判断するために絶対音感があると良いという理由で政府を動かし,音楽教育の普及を目論んだ人々,そして実際にその能力を戦争に利用とした人々がいたことがルーツではないかと思う。このへんの歴史については以下の「絶対音感」という本に詳しく書かれている。日本人に絶対音感が多い理由や,絶対音感の問題点なども丹念な取材を通して詳細に調べてあって,とても面白かった。

絶対音感教育を看板にしている団体として有名どころに「一音会」がある。今を時めく反田恭平さんや藤田真央さんもここに通っていたらしい。ホームページのソルフェージュの欄を見てみると,相対音感をしっかり身につけて欲しいことが丁寧に書いてある。相対音感の重要性はわかりつつ,看板には「絶対音感」を掲げたほうが良いことに悩む経営者の姿を想像している。

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