加納ちひろ

■小説|詩|短歌 ■個人サークル『aの檸檬』

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短編小説|繭

「孝弘に、二十歳のお祝いだ」と義治おじさんが僕に寄越したのは繭だった。何かしらの節目となるお祝いで見かけるようになった繭だが、古い考え方が抜けない両親は繭を見た途端にため息をついていた。僕も貰った時は両親の手前、苦笑を浮かべたが内心では飛び上がるほど嬉しかった。  僕以外の周囲の人間は、みんなが繭を持っていた。友人も、部活の先輩も、恋人も、みんながみんな、繭を持っていた。繭を持っていない人間の方が珍しいくらいだったせいか、よくみんなは僕に繭のことを話してくれた。  繭はね

    • 詩|涙

      止まらなくなった涙を 夏が来る前に手放せば 涙が空にかえることなく 雨に隠してしまえるだろうか 子どもが跳ねた水たまり 泣きわめく声といっしょに 傘からこぼれた水滴

      • 詩|ドッペルゲンガー

        わたしは何一つ 理解できないだろう コピーした わたしの遺伝子で わたしと同じ人生を 歩んでも わたしの何もかも 何も知らずに 死んでいくこと

        • 詩|珈琲

          きみも年を取ったら 珈琲を飲めるようになるよ。 舌が鈍感になるんだ。 知らない大人のひとが 遠くに遠くに立っていて わたしに微笑みかけた いつか あの人の気持ちも わたしの気持ちも 分からなくなる日が来る 足りない日々を 愛しく思うよりも先に 忘れてしまう日が来る ブレンドコーヒーを 飲めるようになって 俯く時に思い出すことも なくなってしまう日が来る ブラック缶コーヒーは まだ飲めないけれど 全て飲み込んだ日に 覚えていたいことも 思い出せずに 遠い場所に立つ 珈琲を飲

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        短編小説|繭

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        記事

          詩|交差

          飛行機雲を人差し指で 上から線を引く 太陽の眩しさに 目を細めながら 追いかけても先まで 行けなかった先に 果てすらもなく あなたがいなくても わたしが幸せな世界は どこかにあって わたしがいなくても あなたが幸せな世界が どこかにある 行き場のなくなった手を お互いに重ねて帰ろう 居場所なんて 簡単でひどく脆い 明日には ただ青い空だけが 残っている

          詩|行かないで

          どこにも行かないで わたしの小さな世界で 雨になって降り注いで 雲になって日陰を作って 光になって朝を教えて 星になってくれたなら 星座を指先で撫でてあげる 海になってあなたの波で 体を包み込ませてあげる 外の世界じゃ 何者にもなれなくて 泣きじゃくっていても ここにいれば大丈夫だからね

          詩|行かないで

          詩|業

          しがみついて 生きていくことを せせら笑うなら どうぞそのままで 手紙を燃やした火は またよみがえる わたしは知ってる

          詩|席

          空席を「奪った」と仮定するなら、 座るだけでずるい人間になる。 わたしの席。 かつて誰かが座っていた席。 あの人が座るはずだったのよ と教えられたら、 わたしはわたしの席にいられるだろうか。 (いいえ、今はわたしの席ですよ) はっきり言えたら幸福だ。 (いいえ、今はわたしの席ですよ) (いいえ、今はわたしの席ですよ) (いいえ、今はわたしの席ですよ) あなたの席は、きっと、あそこなんじゃないかしら。

          詩|浄化

          月の光には浄化の力があるらしい。 満月の日は力が強すぎて じっと見てはいられない。 全てを癒すにはひどい痛みだった。 わたしは とうてい月の下では生きられない。 うつくしいひとだけが 縁に手をすべり寄せて微笑んでいる あんなにも優しく。

          詩|線

          あなたは知らないだろうけど 小説を読んでいて わたしの好きな文章を 読んだ時にね 「あなたが好きそうだな」 なんて思ってしまうの 普段は忘れきっている何かが 頭の中で結ばれた時に あなたの存在が あらわれてしまう あの日 あなたのことは忘れようと思った あなたは知らないだろうけど 私の悲しみなんて あなたの好きな物語を 手放せないことに比べたら なんて浅はかなの

          詩|芽

          植えた種の芽が出ない きっと枯れてしまったのだ 水をやり太陽に当て声をかけた しかし 植えた種の芽が出ない 水が悪かったのだろう 太陽が怖いのだろう 歌にうんざりしていたのだろう あの本にもこの本にも やり方が書いてあった 真似をした 真似をしただけだ 植えた種の芽が出ない 植えた種の芽が出ない いったい何が 欲しかったのか いったいどんな 姿をしていたの ふたりで植えた種

          詩|□□□

          「便利ね」って 聞くたびに 何かが失われる 勝手に 虚しさを覚える 何かがそこにいて 何かがいたのでしょう 電波で話をする 接続不良の中に 置き去りにした 過去形たち

          詩|隙間

          襖の中に友達と隠れて 小さく笑い合っていた わたしたちがどこかに 作っていた秘密基地で 橋の下は三人だけの 待ち合わせ場所 みんなには内緒だよ だれにも言わないよ 乾いた浴槽に入り込み 蓋を閉じて横たわる ただ目を閉じていたんだ 入り込める場所で 魔法の世界は 閉じた先の向こう側

          詩|名前のない

          行き場を探して 疲れきった子ども 壊れた電球の下で 読まれていた本 砂糖とミルクばかりが 注がれた珈琲 名前のない悲しみを 誰にも教えられず そっと知っていく

          詩|名前のない

          短編小説|グラスの中で氷が鳴った。

          グラスの中で氷が鳴った。 スマートフォンから顔を上げると、ちょうど彼女と目が合った。不機嫌そうな顔で見つめてくる眼差しに、何か冷たさを感じて僕は顔を上げたまま画面をスリープにする。 にこ、と笑顔で返事をすると、彼女の顔はますます険しくなった。 「……なに?」 僕は笑顔を崩さずに問いかける。まるで自分は悪くありませんよと言わんばかりの顔で。実際に何をしたかなんて、この時点では分からない。女の子はこういうずるさがある。 あなたが悪いことをしたのだから、私を不機嫌にした理由

          短編小説|グラスの中で氷が鳴った。

          詩|白湯

          白湯に流し込んだ 昨日のわたし 生まれ変わるのか 消えてしまったのか 考えることもなく 時間がやって来る