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ザ リアルシング/ヒューストン パーソン


ザ リアルシング/ヒューストン パーソン
イーストバウンド 2EB 9010
1973年発売

あんまり理屈をこね回して古いジャズ喫茶族をケナしまくるのも何だなあと思いまして、今回はこんな珍しい傑作レコードを持ってまんねん、という自慢です。
とはいえこれも相変わらずこれまでの日本のジャズ評論では軽視されているものの、ブラックミュージックとしてのジャズ史を掘り下げるのには大変重要な記録だと思うので、まあ結果はいつものことに終わるのは目に見えていますが。なので、今回は自慢とはいえ、もっとこのレコードとこういうジャズを万人に聴いていただきたいという希望です。

それがヒューストン パーソンがミシガンのイーストバウンドというレーベルから発表した「ザ リアルシング」だ。これはデトロイトのクラブ モザンビークにおけるライブを収録した2枚組みで、ディスコグラフィーを調べても録音日時などは不明であるばかりか、このイーストバウンドというレーベルもファンカデリックやオハイオプレイヤーズの作品をリリースしていることぐらいで、それ以上詳しいことはわからなかった。しかしとりあえず、ヒューストンにとってはデビューから一貫して素晴らしい作品を作り続けたプレスティッジを出た後の一つ目のもので、プロデュースはプレスティッジから継続してボブ ポーターが務めている。これが果たしてポーターがヒューストンについて行ったのか、はたまたその逆か?その点は知る由もないのだが、この内容を聴けばそんなことも考えてしまうのも無理はないというもの。
まあくどくどした理屈は後回しにして、この作品は収録された曲目と参加メンバーを見てもらうだけで、こういう音楽が好きでたまらない人は悶絶するのは必至。では頑張ってみんな記してみます。

A1. You Are The Sunshine Of My Life
Person ts. Robert Lowe g. Jimmy Watson org. Hank Brown ds. Buddy Caldwell conga
A2. Since I Fell For You
Person ts. Grant Green g. Jimmy Watson org. Hank Brown ds.
A3. Until It's Time For You To Go
Person ts. Robert Lowe g. Sonny Phillips org. Hank Brown ds. Spanky Wilson vo.

B1. Pain
Marcus Belgrave tp. Person ts. Grant Green g. Robert Lowe g. Sonny Phillips org.James Jameson b. Idris Muhammad ds. Buddy Caldwell conga
B2. Angel Eyes
Person ts. Grant Green g. Brother Jack Mcduff org. Idris Muhammad ds.

C1. Easy Walker
Person ts. Grant Green g. Sonny Phillips org. Idris Muhammad ds.
C2. Kittitian Carnival
Marcus Belgrave tp. Donald Tawnes tp. Eli Fountain as.Person ts. Wild Bill Moore ts. Robert Lowe g. Sonny Phillips org. Hank Brown ds. Buddy Caldwell conga
C3. Could It Be I'm Falling In Love
Marcus Belgrave tp. Person ts. Grant Green g. Robert Lowe g. Sonny Phillips org.James Jameson b. Idris Muhammad ds. Buddy Caldwell conga

D1. Where Is The Love?
Person ts. Jimmy Watson org. Hank Brown ds. Buddy Caldwell conga
D2. Tain't Nobody's Business If I Do
D3. Don't Go To Strangers
Person ts. Robert Lowe g. Jimmy Watson org. Hank Brown ds. Buddy Caldwell conga Etta Jones vo.
D4. Crazy Legs
Marcus Belgrave tp. Person ts. Grant Green g. Robert Lowe g. Sonny Phillips org.James Jameson b. Idris Muhammad ds.

頑張りました、ああしんど。書きあげてから、レコードの部分の写真を撮ってアップすれば早かったやんと気づいたけど、どうです?悶絶したでしょう?これ現実にレコードで発売されていたのですよ。
会場であるデトロイトのクラブ モザンビークは、2000年を迎える前後からブルーノートから未発表の記録として発掘されたグラント グリーンやスリーサウンズなどのライブ盤で遅ればせながら知られた、黒人ゲットーが広がるデトロイトを象徴する様なジャズクラブだと思うが、ほんとこういうところで演者も観客も黒人であるという環境で聴くソウルジャズはどんなだったのだろうか?と想像するだけで胸バクバクとなってしまうが想像の答えは本作が教えてくれている。
その要因はやはり本作のリミックスがジャズの本質を知り尽くしたヴァン ゲルダーであるというのが大きいからだろうが、ほんとこれは僕らコテコテ ソウルジャズ好きにとっては神がかりなレコードとしか言うことは出来ない。先ほども述べた様に、本作の録音年月日までは調べることは出来なかった。なので、この壮大なソウルジャズスターの集いが1日の記録なのか、数日の記録なのかはいまだに不明だ。しかしここまでスターが集まったのだから、おそらく数日に渡っての記録だと思う。だってジャック マクダフとソニー フィリップスが同じところで同時に会えるなんて想像できます?もし数日だとしたら、デトロイトのクラブ モザンビークと言う場所でヒューストンを主役にして仲間を全員集める趣旨のイベントでも行われたのでしょうか。そしてそれがデトロイトだと言うのが嬉しい。

本作の制作意図は、とにかくヒューストン パーソンというサックス吹きが、いかに破格な才能を持ち、いかにどんなスタイルも演奏できるか、いかに音楽に対してグローバルであったかを1973年の時点で知らしめるのが目的であったと思う。それはThe Real Thingというタイトルが物語っている。
例えばA1やC3、D1といったポップス曲やA2やB2、C1といったジャズ曲の唄いっぷりは恐ろしいほどの説得力に満ちているし、収録曲のうち最も大きな編成で演じられるカリプソファンクとも言えるC2では参加メンバーをも黙らせるほどのトリッキーなフレーズでの大迫力を示す。そしてデトロイトならではのオハイオ プレイヤーの持ち曲B1やラストのD4はジャズファンクとはどういうものかと言う最高の教えを我々に示している。死ぬほどエキサイティングでカッコいい。さらに名コンビ、エタ ジョーンズのD2、D3などの歌物の上手さはもはや芸術の域にまで達していると言っても過言ではない。
恐るべきヒューストン!そしてデトロイトジャズ。

本作の参加メンバーのうち、ジャズファンであればグラント グリーンの参加が最も嬉しいだろう。グラントはこの1973年の前は麻薬で懲役を喰らっていて、出所後はデトロイトで活動していたという。しかし西海岸ライトハウスでのライブ盤でも示した通り出所後の演奏こそが生涯で最もエキサイティングだ。しかもそのクオリティーと、それがひきおこす圧倒的なグルーヴは、ちょっとやそっとのものではない。まさに説明不可能なレヴェルにまで達していて、ここでもその真価はいかんなく発揮されている。これはまさに本作のもう一つの聴きどころであり、ブラックミュージックとしてのジャズを知るための最高の財産と言えるのではないか。同じくヤクでしょっぴかれたものの絶好調になって出所したのは他にソウルサックスの王様、ジーン アモンズがいる。
そしてソニー フィリップス、アイドリス ムハンマド、バディ コールドウェル、1曲のみ参加のジャック マクダフなどは黄金のプレスティッジ ソウルジャズと何ら変わりない名演、激演をくり広げていて、これらは流石ボブ ポーターだなあと感慨に耽るしかない。さらにレイ チャールズ楽団で名をあげたマーカス ベルグレイブやテナーのワイルド ビル ムーアまでが名を連ねている。これを奇跡と言わず、何を奇跡といえばいいのだ!

しかし、本作の参加メンバーのうち最も嬉しいのは、そんな既に名を知られているソウルジャズのスターだけではない、オルガンのジミー ワトソン、ギターのロバート ロウ、ドラムのハンク ブラウン、それにヴォーカルのスパンキー ウィルソンといった失礼ながら僕がその名を存じてなかったプレイヤーの熱演だろう。一人でも彼らの名を知らなかったというのはブラックミュージックのファンの方からすれば、オマエハコノヒトヲシラズニ、コンナエラソウナコトヲカイテイタノカ!!と叱られるかも知れないが、僕は恥ずかしいことに元々ジャズファンであるのでコテコテ本やジャズ批評のプレスティッジブックに出てくるプレイヤーを通してこの音楽を知ったというのを理解していただければありがたい。何にせよ彼らはデトロイトのインフラミュージシャンであったと思う。そして、ニューヨークのレコード業界で高名なジャズミュージシャンだけが優秀な訳ではない、むしろこういうインフラミュージシャンを見つけるのが醍醐味なのだと我々に教えてくれたのも、こういうレコードがあったればこそだし、それがプロデューサーのボプ ポーターの偉大さだと思う。そういえば2011年に25日間のシカゴ~ニューヨーク旅行に行ったときに観たジャズライブのうち高名なジャズクラブで観る名の知れたミュージシャンより、地元の黒人らに混じって観たインフラプレイヤーのものの方がはるかに印象が強かったなあ。デトロイトだけではなく、フィラデルフィア、シカゴ、インディアナポリス、ボルティモア、ニュージャージーと一体そんな都市にどのくらいこんなレベルのミュージシャンがひしめき合っていたのだろうか。僕はボブ ポーターの制作したレコードから生き方まで教わったのだなとつくづく思う。

ジャズ喫茶でジャズを知ったジャズファンでもヒューストン パーソンの名はご存知だろう。しかし、彼がどれくらいのサックス吹きか理解している日本のジャズマニアはそれほどいないと思う。彼は今年90歳を迎える現役で、生涯80
枚に近いアルバムを制作して(大衆に愛され続けたから需要があり、レコードが多いのは当然なわけだし)、地元のサウスカロライナ州では盟主として崇められているが、確かに日本では知られていなかったこのレコードを聴いていなければその凄さは本当に理解出来ないと思う。現に僕もじゅうぶんソウルジャズのレコードが揃ったから開業した元町Doodlin’の8年目くらいにK君がこれを持って来たので本作を知るに至った。
K君は確か2018年に僕が主催したアートブレイキー生誕1OO年祭のチケットを購入しに来てくれたのがきっかけでDoodlin’に来てくれるようになったが、まあ賢い物知りな人で、とても音楽とアフロアメリカン社会についての造詣が深く、いつも僕の知らないレコードを持参しては聞かせてくれて僕をびっくりさせてくれたものだ。そうこうしている間にネットかなんかでこのレコードを見つけて僕に聞かせてくれたのが最初だ。僕はこれを聴いてこれまでにない驚きと羨ましさに負けて、まるで物乞いのようにええなーええなーを連呼した。するとあんまりにも可愛そうと思ったのか、他のサイトで同じ物を見つけて購入値段で譲ってくれたのが、今僕が所有しているモノだ。何でも自分は4千円代で購入したのに、新たに3千円代で買えたからと言って安い方の値段で譲ってくれた。僕だと高い方の値段で請求するなあ。K君の持参してくれるレコードは僕でも決してジャズのカテゴリーに入れないものが多かったけど、その分僕の引き出しを大いに豊かにしてくれる驚愕のものばかりであった。K君は元町Doodlin’を本当に面白くしてくれた恩人だ。

そうかと思えば、元町Doodlin’をコルトレーンやブルーノートのキング盤が多いから、自分が信奉してやまないのにとっくに潰れてなくなったジャズ喫茶の再来だと過度に喜び誤解したあるジャズ喫茶信奉者がやって来ては、オルガンジャズを聴いて、「自分なあコ●ナ●●ケッ●ではこんなんかからんかったで」「自分なあグラント グリーンのファンク物なんか自分が喜んでるから周りが合わしてるだけやで」「自分なあルードナルドソンはパーカーのスタイルで演っとう時が偉大なんやで、こんなオルガンとなんか終わっとんちゃうん」「自分なあホレスシルバーはソングフォーマイファーザーまでなんとちゃうん」「レッド ガーランドはカクテルピアノやからマッコイより劣るんちゃうん」クリフジョーダンの名盤「ソウルファウンテン」を若いプロの女子サックス奏者と喜んで聴いていたら、鬼の形相になって「演らされてるんやで」と言い出す始末で、考えたら忙しい店だったのだなあと思う。そしてついには「自分ジャズ喫茶やるんやったらもっと真面目にやった方ががええで」「自分いっぺん勉強のために東北のベンジーに連れてってやりたいわ」と忠告されて僕をノイローゼにさせてくれたものだ。ちなみにK君とそのジャズ喫茶信奉者と僕はほぼ同い年である。

結局、信奉者は僕とK君が到底ジャズとはいえないレコードを聴いて盛り上がっている隣でまたもや鬼の形相になって、カ、エ、ル、ワ!!!と吐いて出て行ったきり会っていない。まあいちいち思った通り怒るから面白くてわざとやっていたものの、結局この時の事がノイローゼを悪化させ、同じようなジャズ原理主義者を敵に回す言動が増え、そもそもそんな人が一番ジャズスポットに金を落とす層だったので、元町Doodlin’は廃業に至った。今は反省している。
で、そのK君と聴いて盛り上がっていたのが今考えるとヒューストン パーソンが全くジャズ原理主義者の嫌がる事だけを演奏して収録したミューズのAlways on my mind(MUSE MR5289)だったはずだ。ヒューストンは半分僕の人生を豊かにし、半分僕の人生をぶっ潰してくれた人だ。

小倉慎吾(chachai)
1966年神戸市生まれ。1986年甲南堂印刷株式会社入社。1993年から1998年にかけて関西限定のジャズフリーペーパー「月刊Preacher」編集長をへて2011年退社。2012年神戸元町でハードバップとソウルジャズに特化した Bar Doodlin'を開業。2022年コロナ禍に負けて閉店。関西で最もDeepで厳しいと言われた波止場ジャズフェスティバルを10年間に渡り主催。他にジャズミュージシャンのライブフライヤー専門のデザイナーとしても活動。著作の電子書籍「炎のファンキージャズ(万象堂)」は各電子書籍サイトから購入可能880円。
現在はアルバイト生活をしながらDoodlin’再建と「炎のファンキージャズ」の紙媒体での書籍化をもくろむ日々。


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