ひとりで起きた

 早く独りになりたい。
 誰もいないところへ行きたい。
 自分以外の体温を忘れて、ようやく自分の冷えた体を思い出したい。誰かの言葉に揺れない景色を、自分だけの目で見ていたい。遠雷も、夾竹桃の鮮やかさも、街灯に惑わされて夜に鳴く蝉も、茉莉花の香り、髪に絡まる湿度、博物館の床、空調の唸り、古い古い紙の匂い、言葉にしなくてもよかった景色。
 そこには悪意も惨めさもない。体内で膨れ上がるそれで、誰かを傷つけなくていい。不完全であることを恐れたくない。誰も傷つけないで生きたい。

 誰かが傍にいる安堵は知っている。
 繰り返し、悪意ばかりではないことを伝える言葉の柔らかさは確かに私を救ってくれた。
 何かに意識を深く向けること、不幸せから眼を逸らすこと、それらは私をきちんと歩かせてくれる。このままでいいのかもしれないと思ってしまうほどに。
 それでも、満たされることは怖いから、際限なく誰かの同情や愛情を欲して、自分も周りもめちゃくちゃにしてしまいそうになる。そういう自分の中の憐れな幼い子供が、こっちだけを見てほしいと駄々をこね泣くときは、大好きな人たちの寝顔を思い出すことにした。
 まだ早朝の、青灰色にぼんやりと明るい空が、薄青く室内を照らす冷えた時間。起きてくれないかと思いながら、優しく髪を梳いて頬を撫ぜ、ああでも起きなくてもいいなと、こんなに安らかに眠れているのなら、起きなくてもいいと、そう思えたとき、誰かを想うとき、こんな静かな気持ちであれたら良いと、少しだけ微笑むことができるのだ。

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