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28歳、両親に食わせてもらうメシは味がしなかった。


都内で一人で暮らす私。

神奈川県の東京よりに住む両親。

何か用事があるか
元気がなくなるか
そんなタイミングで私は実家に帰る。

私が飼いたいと言って飼ったものの無責任に世話を放置し、結局両親がしっかり面倒をみている16才おじいちゃんになった愛犬

野菜もタンパク質もたっぷりで、目も鼻も口も喜ぶ美味しいご馳走

私の私生活や将来が心配でしょうがないけど踏み込みすぎると私が逃げていくことを知っているから深入りをせずただ黙って迎え受け入れてくれる温かい両親

いつも劣等感まみれで浮かない顔をし続ける煮え切らない1浪2留している弟

が、私を迎えてくれる。(弟はいるだけだけど)


私は、青い鳥症候群で、妄想癖が強い。
こうあってほしいが強い。
なのに、臆病だ。行動力に欠ける。
そんな繊細な自分がどうやったら自分が、人間が、幸せになるのだろうといつも考えている。

最近思うことは、人は何か頑張るもの、目指すものをもちそこに向けて頑張ることで、幸せを感じることができると体感している。

その目指すものを得たとしても本当に幸せになれるかどうかなんてわからないのに、幸せになれるだろうと幻想に駆られ、夢中になって掴みに行こうとする。
掴んだ瞬間に最も幸せを感じる人もいれば、
掴むまでの過程に幸せを最も感じる人もいる。
後日談として思い出すことで最も感じる人もいるかもしれない。

私は、昔から旅行は"行くまで"が大好きな時間で、ピークを迎える人間だった。
「あんたは昔から旅行にいざ行ってしまったら、終わっちゃうーー!って悲しんでたよね」と、その発言がいつも印象的だったと母がこの前教えてくれた。
自分でも自覚があったが、自己への理解が深まってきている今、よりその発言に納得する。

旅行ではこうしたい
行ったら楽しいだろうな
今目の前のことから非現実にいける
そんな妄想をしている時が、一番好きだった。
だから、実際に旅行に来てしまうと終わりが近づいていることと、
何より妄想していることと違うことが出てくる現実を感じることが嫌なのと、
実際体験したらそんなに楽しくないと醒めてしまう感覚があるのとで、
旅行が始まると興奮はもう減少し続けるしかなくなってしまうのだ。


妄想の中で生きていたい、生きていることが好きな私だが、一方で現実を見つめることも大好きだ。
自分の予想と反したことが起こることが好きだ。
仮説が当たることも、外れることも、その背景を知ることが好きだ。

そんな、妄想と現実の狭間で揺れる私は、煮え切らず、思考の世界でゆらゆらと浮遊していることが多い。
光のあるところに集まるが刺激物を感じると回避していく、クラゲのような感覚。
思考して迷っているように見えて、思考停止しながらただただ本能に従い、前なのか後ろなのか右なのか左なのか、方向なんてなく"進んでいる"のではなく"動いている"、という表現が適切かもしれない。

最近、自分が頑張ってきたことの目的を一つ見失ってしまったのだ。
正確に言うと、見失ったと言うより、別の方向へと変える決断を自らしたというところだろうか。
ただ、まだ別の方向もしっくり来ていないから、目的を見失ってしまっているようなもんだ。

頑張ってないとダメになってしまうと恐怖心が掻き立てられてしまう私は、動いていないとダメなのだ。
でも、頑張るためのモチベになるものを見失ってしまっている今、何をどう頑張ればいいかわからない。
動きたいのに動けない結果、焦る。
他人を自分という都合のいいフィルターで見て比較してしまい、世界が自分を残してせかせかと進んでいく感覚をもたらす。

モチベとしていたものが消えた時、
注意散漫になり
ぼーっとするし
考えすぎて気の巡りも悪くなるし
何をやっても幸せ度数が低い。
全てがうまくいってなく感じる。

ただ、これは時間が解決してくれるし、
うまくいってないと思ってるからうまくいってなく見えるだけであって、
今はただ無気力な自分をただただ見つめるしかないな、
という冷静な自分に頼りながら、今の状態を放置している。

だから思っているほど落ち込んでもないし、不幸にも感じない。

でも、やはり、無気力は辛い。

お金を稼ぐ能力も低く
責任感もあまりない
なのに、もう28歳だ
いつまで幻想に夢見て浮かれているのか
でも、キラキラしたものがない人生なんて嫌だ
そんな定まらない今の私を育ててくれた両親が出してくれる温かいご馳走は、
今の私には味がしなかった。
なんなら、28歳の今の私には胸がいっぱいで、食べていて苦しくなった。
食べる資格がないと思ってしまうし、
私は何か返せるのだろうか、と思ってしまう。

美味しいご飯が美味しいと感じて食べられない。
人の愛を素直にそのまま受け取ることができない。

そんな不器用かつ考えすぎな私は、
今力の行き先を失ってしまっているが、
そのうちまたいきなり謎のスイッチが入って頑張るんだろう。

そのうち、よくなる。
今のこの胸の苦しさも、虚無感も、振り返った時に忘れているもしくは懐かしいねと、笑ってるだろう。


そんな自分の将来が見えている。

だったら、とことんこの負の感情にどっぷり浸って、たくさん感じていようと思う。
食べても食べても満足しない、味のしない、あったかいはずなのに冷めて感じる、両親の料理のような、この感覚に。

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