HELLO,NEW WORLD

大好きなフォロワーたちのnoteに触発されて
私も、拙いながらも筆を取ることにした。
今感じた想いを、何度でも思い出せるように。
思い出を持ち続けることが苦手な私でも
この気持ちを忘れたくなかった。
これは、そんな私の、魂の忘備録。


"最年長のいじられキャラ"
それが、私が初めて聞いた比江島慎のキャッチコピーだった。
"諦めない男、比江島慎"
これが、今私が、彼を表すに一番しっくり来ているキャッチコピーだ。
今思えば、あの夏のあの試合。あの時点で彼は「諦めない男」だったではないか。
自分の得点を、チームの勝利を、バスケの可能性を
誰よりも諦めなかった男が、そこにいた。


友人に「つまらなかったら返金するから」と勧められ見に行った『THE FIRST SLAMDUNK』にどハマりした私が次に出会ったのが、W杯日本代表のバスケットボールだった。
「こんなにバスケにハマってるのに、リアルバスケを見ないわけにいかない!」
なんという暴論。そして、素晴らしい思い込みであった。あの時の私ありがとう。
家で見たドイツ戦は、シュートが外れるたびに吐かれる母のため息が心苦しく、自宅以外での観戦環境探していた。
そしてたまたま見つけた、"日比谷ミッドタウンでのパブリックビューイング開催"
当時、職場と家のちょうど乗り換えで使っていた日比谷。仕事終わりの間に合う時間。完全な思いつきで、何も知らないまま乗り込んだ。
周りには日本代表の応援のためだけに集まった沢山の観衆。テレビ放送のためのタレントさん。この場に自分がいていいのかという不安は、試合が始まってすぐに消え失せた。
私生活で決して交わることのない他人同士が、声を出し合い、時に肩を組み盛り上がる。
シュートが外れた時の落胆の声すら、そこに想いが乗っているとわかるだけで、こうも違って聞こえるのかと驚いた。
そして劇的勝利。見ず知らずの人とかわすハイタッチ。叫ぶ人、泣く人、誰もが全力で日本の勝利を噛み締めていた。
この日比谷での熱狂が、私のバスケ観戦の始まりだったと思う。
そこからの行動力は我ながらすごかった。
仕事帰り、帰宅もパブビュの観覧チケット確保も間に合わないと分かれば職場近くのHUBに行き
友人に飲みに誘われれば、場所をHUBに指定した。
1人でHUBに入れるようになったのも、バスケのおかげだ。ありがとう。


「W杯きっかけで比江島さんにハマりました」
というと、「ベネズエラ戦すごかったよね!」と言われることが多い。
しかし、私にとっての"W杯の比江島慎"はフィンランド戦だった。
(正直何がどうとかは一切覚えていない。バスケのバの字も知らない人間が、試合を見て何かを覚えている方がすごいと思う。開き直りだ。だからフォロワーたちを本当に尊敬している。)

「なんかやばい動きしてる人がいる」
初めて彼を認識した時の感想なんて、これしか覚えていないのだ。でも、この1試合で一番印象に残ったのが比江島慎だった。比江島ステップも知らない。何がすごいのかもわからない。ただ、人と違う動きの人がいる。それだけはなんとなくわかった。
そして誰もが知るベネズエラ戦。
この時には、まるで初恋をした幼稚園児の如く、すでに比江島さんが何をしててもかっこいいのモードに入っていたので、大活躍を見て友人に送ったLINEは「やっぱ好きすぎるわ」だった。まるで古参のいいようである。認識してまだ3度目の邂逅だというのに。
4ファウルを背負って出た4Qの活躍は、多少知識のついた今振り返ると、本当に何か鬼気迫るものがあったのだと思い知る。
そんな人間が、渡邊雄太、富樫勇樹ら年下に迎えられてのインタビューで「これがいつもの慎だ」とバシバシ叩かれる姿は、私を沼に叩き落とすには十分すぎるほど十分だった。
"最年長のいじられキャラ"
世の中の多くの人と同じように、その立ち位置に惚れ込んだ。
もとより私は、いわゆる"関係性厨"なのだ。
人と人の繋がりが大好きな人間は、この後、比江島慎という人間がいかに底なし沼であるかを突きつけられることになる。

宇都宮ブレックスとの出会いだ。
比江島慎が"諦めない男"たる根幹が
比江島慎を、比江島慎たらしめるなにかが
そこにあった。

私の中の比江島慎が
"日本代表の比江島慎"
から
"宇都宮ブレックス#6、比江島慎"
になったとき。
それが、私がこの底なし沼という人生の楽園に
本当の意味で足を踏み入れた瞬間だったと思う。


この続きは
また改めて。


まずは、出会いの忘備録。



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