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正社員辞めると、マルクスに啓蒙されて目がギンギンになった話 6

こんにちは、ばっきーです。
マルクス資本論実況プレイしていきたいと思います。パート6です。

今資本論がそばにあり、これを読みながらメモを取っていくようにnoteをとっています。

ですので人にむけて書かれたものではないです、まして解説でもありません。
年収300万以下の正社員を辞める人がマルクスと格闘する記事になります

書いていて思ったんですけど、わかるところは書いておりません。
これどういう意味なんだろう?と疑問に思ったところを取り上げてたりしてます。
あとは自分の理解ってこれであっていますか?という感じで書いています。

ではいきますね。
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第二巻にきました。
一番最初にマルクス届いたのが第二巻で、40ページほど読み進めています。

いま近くにカフェスペースができてそこで読んでいるのですが、iPadの調子が悪くiPhoneが打っていきたいと思います。

単なる労働力の定在(ダーザイン)として見れば、一つの自然対象であり…

資本論第2巻 49p

ダーザインって何ですか?

定有(ていゆう)・定在(ていざい)・定存在(ていそんざい)
 いずれも原語はDaseinで、「規定された存在、質をもつ存在」の意。ヘーゲル以外の哲学者の用語としては「現存在」と訳されるが、それは「現に目の前に現れている」というところに強調点があるからである。ヘーゲルでは「一定の具体的な実在物」のこと。たとえば「食塩」「酸素」「農民」「所有物」など。定有は質を身につけている。すなわち、他のものとの差異、性質上の限界、制限を自分の性質としてもっている。定有は、限界を身の周辺につけている(an ihm)だけではなくて、限界を自分の核心に(in sich)体して(an sich)いる。しかし限界という規定はその定有の否定である。ゆえに定有とは、自己の否定を自己の内に含む存在である。また、定有は本性の現れ、示現、権化、托身(たくしん)、受肉である。たとえば、私の所有物は私の所有権の定有である。国家は自由の定有である。

https://kotobank.jp/word/ヘーゲル哲学の基本概念-1614570


目に見える現象ね。
てかスマホめっちゃ打ちにくいわこれ。
Twitterで呟きながらのほうが楽だわ

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…眠たくなったので、一度机に頭置いて少し目を閉じました。難しい本読むと、てか勉強する姿勢になると眠たくなるんですよね。

生産的労働が、生産手段を新しい生産物の形成要素に転化しつつあるあいだに…

第二巻55p

「生産手段」と「生産物」の違いってなんだろう。いや、なんとなくわかるんだけど、マルクスがしっかりと生産手段と生産物の関係性について論じてて、論がおえない。

あれだよね、生産手段ってものを作るための手段だから、機械とか労働を意味してるよね?


生産物は作られたものだから、売るための椅子、とかだよね?


生産手段(せいさんしゅだん、: means of production)とは、マルクス経済学において労働と結合して生産物を生み出すために使われる物的要素を指す。機械道具などの労働手段と、原材料などの労働対象に分けられる。人間の生産する生産手段を生産財という

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/生産手段

あ、ほらー!
ちょっと意味が違う!こういうの調べてて良かった。意味が違うというか意味の範囲が違う。
「生産手段」の中には「労働手段」と「労働対象」が存在してる。こういうレイヤーをしっかり押さえておかないと論理追いにくいよね〜ってゆー。ってゆー。

僕さっき
「あれだよね、生産手段ってものを作るための手段だから、機械とか労働を意味してるよね?」
と言いました。

これだけでは生産手段を十分には説明できておらず「労働対象」の説明もちゃんと入れてないとダメなんですよね。

価値を付与しながら価値を保存するということは…

第二巻56p

これって労働者の話ししてるんですよね。
労働者って働くことで価値を付与してる。

しかし、労働者が価値を保存するとはどういう意味なのか?

これは、「明日も元気に働けるような賃金を与える」ことなのかな?

(2) 労働者は、彼の労働対象に、ある量の追加的な労働をその上に費やすことによって、その労働の特別な性格や有用性がどうであろうとも、新たな価値を付け加える。他方、過程で使用された生産手段の価値は、保存される。そして、それら自身を、生産物の価値の構成部分として、新たな形で表す。例えば、綿や紡錘の価値は、撚糸の価値の中に、再現する。従って、生産手段の価値は、生産物に移管されることによって、保存される。この移管は、それらの手段が生産物に変換される間に、生じる。または、別の言葉で云えば、労働過程の間に生じる。つまり、労働によって、もたらされる。だが、いかにしてか?

https://www.marxists.org/nihon/marx-engels/capital/chapter08/index.htm

うむ。マルクスが読めてくる。見えてくる。
ムスカがラピュタの言葉読める時ってたぶんえげつない脳汁出てるとおもうんだよね。

さっきの僕のは分脈の中で読み違いしてた。
「労働者が生産物に価値を与えて、労働者の価値を生産物の中に保存する」という意味だね。

マルクスの中では、労働力っていうのを擬人化(内容に即すと対象化)みたいなことしてるんですよね。

マルクスは、「製品ができるのは、お前の労働力が材料と組み合わさってできたのだ。だからこの製品を分解すると、材料とお前の労働力が部品としてでてくる」みたいな雰囲気の話してるんですよね。

まぁそうなるとたしかに労働者は生産物に労働力(ってゆー価値)を付与して、生産物の中に労働力を保存しているわけだ。


59p 60pにてマルクスが「不変資本」と「可変資本」の概念を紹介しました。聖地巡礼〜
めんどいからここは引用しないけど、材料は価値は変わらないから不変の資本だけど、労働はいつも初めに払った賃金よりも多くの価値を生み出すから可変の資本だなーって話。

たぶんここマルクスの代表的なシーンじゃないでしょうか。あいみょんの「ドライフラワー」ぐらいに代表的なシーンではないでしょうか。

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めっちゃ適当な話しますがマルクス読むとよく「転生」

という単語が出てきます。ライトノベルのごとく出てきます。

キリスト教てきな考えがバックボーンにあるからなんか受肉とかって言葉がでてきますよね、って、なんかの解説で見たことがあるんですよね。
目に見えない頭の中で考えてることが(形而上学的なモノが)現実のモノとして現れたり、モノが別のモノに転生した、と考えてみましょう、というような感じなんですね。マルクスって。

ヘーゲルまだ読んでないけどヘーゲルの影響があると思うんですよね。

みたいなこと考えてたんですよ。
そうするとふと思ったんですよ。

ってことは!!??

巷で流行っている「異世界転生モノ」ってこれってマルクスやヘーゲルの思想の中にいてるから考えられる物語なのではないか?と思うんですよね?

そーゆーことですよね?
そーゆーことですよね?

私たちはまだ依然として、ヘーゲルやマルクスの思想的な枠組みという籠の外から抜け出せていないのではないかと思うんですね。

(問題 上記の文章から文章のつながりとして不適切な部分を選べ。ただし正解は一つとは限らない)

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労働力という商品だけが、等価交換させる市場の世界の中で価値が増殖される魔法の商品なんですね。

生活に必要な分以上に働かなければならないのは、資本主義だからではないです。歴史上どの時代でも私達は常に必要以上に働かなければならないのです。奴隷制も封建制の時代でもいつでも必要以上に働かなければならない。

マルクスはこういう理論を述べた後に、彼の時代の労働状況について紹介していきます。経済の、労働の問題なのでバッチバチに具体的に取り上げていきます。

例えば、「児童労働調査委員会」に対する報告など取り上げてます。七歳の子供が一日15時間労働を強いられていることが報告されています。

労働力は商品なので、買い手はその使用価値をギリギリまで使い切りたいのですね。歯磨き粉のチューブを最後の最後まで絞り出すように、労働者をギリギリまで使い切りたいのですね。

労働力は商品だから、パワーハラスメントという現象は構造的に自然発生しますよね。だって7歳の子供だって毎日15時間労働させることが可能だったのですから、生産力を上げてもらうよう(労働力を最後の最後まで絞り出してもらうように)追い込みますよね。だって労働力は商品ですもの。100gポテトチップに80gしか入っていなければこれはクレームものですよね。バイキングは元をとるまで食べきらないと、バイキングに来た意味ないですよね。労働力という商品は、絞りきらないともったいないですからね

当時の時代に異世界転生したとして、僕も毎日エグいぐらい労働させられて慢性的な身体の病状が発生して、だけど働かないと生きていけなくて、現実から目をそむける手段がアルコールとドラッグしかない世界で

マルクスが「労働者よ!団結せよ!」みたいな感じで啓蒙してきたら
まじでグラついてバッキバキの目で鬨の声を上げてると思うんですね。
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こうやってみると

偉大な学者は頭が4回ぐらいパキってて面白いですよね。
異次元でしょ。こんなん。

「人間は自由というものを恐れ自ら奴隷になることを望む」とエーリッヒ・フロムが分析した資本主義的な世界の中で、例えば皆と同じ道に歩めなかった人が「君は嫌なことから目をそむけて逃げるのか!??」と言われたとしよう。

さてこの時「我々は一体、何という嫌なことから逃げているのか?」
とエーリッヒ・フロムならば質問していたのだろうか。


こんな話を急に友達がしてきたら焦りますよね。

「では我々は一体何から逃げているのか?」

なんて急に友達が言ってきたら
「〇〇ちゃんどうしたの?彼氏と喧嘩したの?」

ってなりますね。

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238pで絶対的剰余価値と相対的剰余価値の紹介をマルクスはするんですね。

これ言っていることは難しくないです。

なぜ資本家は労働者を雇うと金持ちになるのかというと、

それは労働者が生活に必要な分以上働かせているからです。

8時間労働時間があったら、4時間は労働者にとって生活するのに必要な労働時間なんですね。残りの4時間は資本家が儲かるための労働時間なんですね。

この後者を剰余価値っていってます。

絶対的剰余価値とは、資本家が儲かるための労働時間の絶対量です。
例えば、4時間の必要労働に対して追加的に4時間働くか、5時間働くかという絶対的な量の話です。

一方、相対的剰余価値とは全体の労働時間の必要労働と剰余価値労働の比率の話です。
同じ8時間でも、4時間必要労働と4時間が剰余価値労働っていうパターンと
2時間が必要労働と6時間が剰余価値労働というパターンのように決められた時間の中で、割合を決めるのが相対的剰余価値です。

資本家が労働者をアホみたいに長く働かせて、労働の絶対時間量を増やした後に

「あれ?賃金下げたらもっと儲け出るんじゃね?」

ってなって労働者の闇落ち限界突破していく鬼畜さが香ばしくたまらないですね。

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工場手工業(マニュファクチャ)労働者は、その自然的性質からいって、独立したものを作る能力を奪われていて、ただ資本家の作業場の付属物としてのみ、生産的活動を展開する。エホヴァの選民が、額にエホヴァの所有なることを記されているように、分業は、工場手工業労働者に資本の所有なることを示す烙印を捺すのである。

資本論第2巻310p

ここエグい

度し難い

 車作りまーすってなって、「分業で君はタイヤを作ってね」って言われて低賃金で苦しい労働に強いられても、彼は車のタイヤ以外なにも作ることはできないのである。毎日の過酷な労働後のわずか2日しかない休日に現状を脱却できる勉強する時間なんて存在するのか

もし彼が腰椎に過剰な負担がかかってもう仕事できなくなったとしよう。タイヤを作る以外なにもできない彼に、資本家はなにか関心をむけるのか?

否!!!

断じていな否!!!

哀れみの一瞥さえも向けないのである。
なぜならば、資本家の最大の関心事は「労働力という商品」だからである。
使えなくなった商品はどうでもいいのである。

代わりがたくさんいる中で、怪我や働けなくなったという歯車を捨てることが生産力に何か関わるというのであるのか?
一ダースの鉛筆の内一本がもう使えなくなって捨てたとしよう。その捨てられた鉛筆は可愛そう、と君はおもうのか?

代わりの鉛筆がたくさんある中で、かわいそうと思ったところで君の文字の書ける量になにか影響されるのか?(変わるとしたら、最後の最後まで鉛筆を搾り取ることぐらいであろう)。


って書いてました(一部盛すぎの嘘表現あり)。


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協合と分業の必然性が人間の精神を腐らせてしまうというマルクスの分析はビビりますね。

マルクスは、資本家がアホみたいに儲けてしまうその魔法の手品を明かしていきます。

一つは労働力という商品。これは僕がずっと書いてきたように、労働力という商品だけ「桁外れに資本家が得する商品」ですね。

そしてもう一つが協合です。

これは協力して人々がモノをつくるとよりたくさんのものが作れるというものです。

これは人間の喜ばしき能力であると同時に、資本主義が必然的に抱えてしまう宿痾なのです。

一人一人が一つ一つ机を作るよりも、

君は机の足を作って、君は机の上の部分を作って、君は梱包の部分をお願いします。

って分業して、皆で協合して作ったほうが一人で全部作るよりも、より良いもの(資本家にとってより良いものとは、より安いものです。そうすることで相対的剰余価値を上げることができるからです。)がよりたくさん作れるのです。

この協合という化学反応は資本家にとってはよだれが止まりません。

だって一人ひとりの労働力という商品は同じなのに、まとめてたくさん買うと相乗効果が生まれるからです。

こうなると必然的に、そして合理的に資本家は分業を選びます。
そっちのほうが儲かるから。

こうなると、労働者はたったひとつの与えられた仕事だけやる機械となり精神を殺さないとやっていけません。

協合と分業の必然性が人間の精神を腐らせてしまうというマルクスの分析はビビりますね。312pあたりの話

「一人の人間を細分するとは、彼が死刑に値すればこれに処し、値しなければ暗殺することをいう。労働の細分は、国民の暗殺である(D・アーカート『用語集』より)。」

資本論第2巻 315p

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第2巻簡単に読みました。

後半戦は工場の実際的な話、機械が登場してどうなったのか?

っていう
感じでした。
後半は適当に読みました。

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