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ダメ社員、肌着で出歩く

 フォロワーが100人を超えた。明日も仕事が込んでいるので、感謝の言葉を述べなくてはいけないと思って無理矢理パソコンを開いた。律儀の極みである。この律儀さが筆者を成功者たらしめている。就活の必勝本を読むくらいなら筆者の文章に触れた方が良い。そこに成功者の道しるべが書かれている。

 筆者は近所を肌着で徘徊するというクセがある。これは直近で住んでいた田舎町での暮らしが影響している。あまり知られていないが、東京に本社を置く企業に勤めていると、地方ではかなり良い生活ができる。というのも、住宅補助というものが支給される上に、一部の地域を除けば、地方の家賃はべらぼうに安い。東京では軽乗用車の駐車場しか借りれないくらいのお金で2LDKに住めたりする。そして、田舎といえども県都に住めば生活には何不自由しない。コンビニだってある。そのため筆者は繁華街のど真ん中に住居(※借り上げ社宅)を構えつつ生活していた。近所のコンビニに毎晩のように一平ちゃん夜店のやきそば味を購入しに肌着、半ズボンで片手にビールというモダンな装いで出向いていた。途中で思いついたように「あぁ!」「クソッ!」などと大きな声を出す陽気なたたずまいであった。

 その名残がなかなか抜けず、都心部に住んでいる今もよく肌着で出歩いている。筆者のマンションはそれなりに家賃がする(15~20万円の間)ので、住んでいる人もそれなりの人が多い。ましてや、このマンションで肌着で出かけるのは筆者だけなので、よく子連れのご家族などに警戒される。

 そして、今日も筆者は肌着で出かけなくてはならなかった。ほぼ寝ずに帰宅したが、妻がメルカリで泣きバナナ(※愛娘。寝返りをすると自慢げな表情を浮かべる)のおもちゃを出品したため、発送用の段ボールを手に入れなくてはならなかった。近所のコンビニまで行って「段ボールをください」とお願いする必要があった。段ボールを手に入れるためにはそれなりの服装をしなくてはならない。当然、肌着で行く必要があった。「あっこの人、段ボールに困っているんだな」と思ってもらえないと段ボールがもらえないからだ。

 筆者は徹夜明けのひげ面、べたべたの頭髪、風呂に入っていない体、肌着、中学生の時から愛用している半ズボンという正装でコンビニに行くと、「あっハイ。これ持っていってください」とあっさり段ボールを手に入れた。郷に入っては郷に従えである。礼節を重んじる筆者の姿勢を評価してくれたのだと思う。

 しかし、事は自宅マンションに戻ってから起きた。段ボールを抱えて肌着のまま鼻歌(※安全地帯の「じれったい」)を歌いながらエントランスでエレベーターを待っていたのだが、前にチワワを連れた貴婦人が待っていた。筆者は正装だったので、相手に恥をかかせてはならないと思ってて「先どうぞ」と言おうとした。すると貴婦人はチワワを抱きかかえて猛然とエレベーターに乗り込むと、筆者の言葉に耳を貸す様子もなく、「閉める」ボタンを連打した。チワワには足が4本もついているのに抱きかかえられていた。筆者には足が2本しかないが、誰かに抱きかかえられることはない。筆者だって抱きしめられたい夜だってある。貴婦人と翼をもがれたチワワは高速エレベーターに乗って9階に飛んでいった。

 液晶がエレベーターの階数を数える。なぜ、こんなに日本人が寛容でなくなったのかに思いを馳せた。無くならない戦争、終わらない憲法論議、聞くに堪えないヘイトスピーチ、国民生活は悪化の一途をたどり、大企業が利益を独占する。SNSでは誰かのあら探しが日夜行われ、女性の権利を叫びながら男性との共生についてはなおざりな市民団体。翼をもがれたチワワもかわいそうであった。飼い主である貴婦人は誰かと比べることでしか生きていけないのだ。段ボールを持った筆者はみすぼらしかったか。わずか数秒同じエレベーターに乗ることもままならなかったか。貴婦人のさげすんだような目が心に深く傷を刻んだ。この気持ちをバネにして頑張ろう。もっと立派な人間になろう、そう心に決めてエレベーターに乗り込み、自分のフロアの階数を押した。


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