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人生は多分、差し引き0だ

 とうとう水を得た魚となる時がきた。
 
新社会人へのメッセージをつづるコンテストが開催されるというのだ。

#社会人1年目の私へ  というハッシュタグをつけて過去の自分へのメッセージを募っている。

当然、こんな話題に乗っかるのはギラギラしたベンチャー企業の若手(2、3年目)やフリーランスで食べているオシャレな人々だ。「頑張れば未来がある!」「自分の可能性を信じて!」「輝ける未来へ向かって!」などの言葉が並ぶことなぞ、予想の範疇だ。

だが、そんなものは意味が無い。そもそも学生は自分の可能性を信じているから、その仕事を選んだ訳だ。なおかつ、noteなんてオシャマなSNSをやっている人たちが「辛くて、お腹も壊しているし、もう晩飯豆腐だけでいいや…」なんて思うわけがないのだ。社会人の晩飯が豆腐だけという事実は意外に知られていない。

 こういう話題こそ、筆者の出番である。
 ダメ社員に身を落とし、毎日上司に怒鳴られながらも、所属する組織と給料と肩書だけが超一流の筆者が、活き活きと学生上がりの浮かれた男女に講釈を垂れるべきなのである。

 

ダメじゃなかった頃の話

筆者は元々、ダメ社員ではなかった。新人の時には社内で「新人賞」も取ったし、世代関係ない賞も取った。当時の筆者は、「生意気で無骨でとっつきにくいが、見込みはある」というロンリーウルフ、荒野のコヨーテ、幕末の流浪人さながらであった。

 会社も優しかった。人としてなってない筆者を何とかしようと思ったのだろう。厳しく指導してくれた。仕事と関係ないことで夜が明けるまで謎のスナックで説教されたこともあったし、朝起きると無数の着信が残っていて、掛け直すと「昨日の筆者のダメなところ10選」を伝えてくれた。それらを素直に受け止めれば良かったのだが、筆者はこう思った。

 うるせーな。結果出しているんだからウダウダ言ってんじゃねーよ

 もはや辻斬りである。来るもの全てに怯え、真っ向からたたき切りに行くストロングスタイル。当然、上司も「なんだアイツ、全然かわいくねえな」となり、猛烈に対立し始めた。いつしか、上司からの叱責は苛烈を極め、仕舞には干された。辻斬りの刀は取り上げられてしまったのだ。「頑張らなきゃ。アイツらに分からせてやらなきゃ」という気持ちが途切れ、焦りだけが残った。そこから5年間はほぼ記憶が無い。

仕事がなけりゃ、躍りゃなソン

 仕事に干され、やる気も失っていた筆者だが、転勤先で出会った街の人たちが優しかった。毎晩のように一緒に酒を飲み、音楽に身をゆだね、愛し、愛されのアバンチュール。お金はそれなりに持っていたので、日銭を持たないスタイルで飲みまくった。しかし、あることに気付く。周りの人間はみんな定職に就いていないのだ。

 この人たちはなんでこんなに幸せなのだろう。筆者は会社で仕事に干され、面白くない仕事(書類の枚数を数えるとか、シュレッダー片付けるとか、先輩の不始末を片付けに他社に謝りに行くとか)しか回ってこないと、さすがに内心とても焦っていた。それを誤魔化すように飲み歩いていた。一流の流浪人として「腕は立つがぶっきらぼう。アイツがいないと職場が回らない」というスタイルに憧れていたからである。

 もう、勤務先では、筆者はいない人として扱われていた。だから、街に逃げ込むと肩書も何もない人たちが楽しそうにしている。「つーかお前、何か仕事してんの?」と聞かれて、流浪人はハッとした。

どんなに会社で頑張っても、世の中に自分を知ってもらうことはないんだ、と

 そこから筆者は心を入れ替えた。会社にあれこれ期待して、流浪人に「してくれる」と思っていたのだ。でも、そんなことはない。ここで頑張っても、原宿のカラフルなワタアメの方が筆者よりどう考えても有名なのだ。ワタアメ以下という事実は筆者にとって衝撃だった。

だから、自分の出来る仕事をちゃんとやろう。自分がされてうれしかったように周りの人には優しくしよう。辻斬りは優しい街の用心棒を目指した。

 なんとか、本社に戻ってきたのはつい最近の話である。仕事も回ってくるようになり、今度は自分の無能さが際立っている。それもそのはず。仕事が無いことにかまけて街で遊び呆けていたのだから。早速、左遷の候補になっていることは言うまでも無い。

 でも、心はなんだか穏やかである。社会人1年目には分からなかった、「自分にとっての大切な物」が少しわかったからだ。それは家族であったり、友人であったり、趣味であったり…。誰とも比べられない、否定されようもないものたちである。大切なものは変わるかもしれないけど、それはその時に考えればいい。

 きっと人生は差し引き0である。流浪人のように突き進んでいたら、名を成したかもしれないが、大切なものが分からなかったかもしれない。
 でも、今は大切なものが分かった代わりに、毎日怒られなきゃいけない。
 そしてこの二つを両立させるほど器用でないことは、何となく分かっている。

 だから1年目の私はそのままでいい。言っても聞かないし、どうせ「うるせーな」とか言い出すから。食べ過ぎに気をつけて、年に数回は実家に帰り、仕事が終わればゆっくり眠ればいい。大切にしたいものなんて、すぐ変わるのだから。

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