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映画レビュー

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見た映画の感想です。ミニシアター系が中心です。
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記事一覧

映画『君の名前で僕を呼んで』/鮮烈なオープニング、ショット、音楽

(ルカ・グァダニーノ監督/2017年/イタリア、フランス、ブラジル、アメリカ/132分/原題 "Call Me By Your Name")  さまざまな裸像彫刻の写真を背景に、黄色い走り書きのキャストクレジットが画面に映り、ジョン・アダムスの『ハレルヤ・ジャンクション第1楽章』が流れる。鮮烈な印象を刻み付けて始まるオープニングがカッコいい。所在無き知性と性的欲求に満ち溢れた少年がこれから迎えようとする動揺の季節を、予告している。  1983年の夏を、17歳のエリオ(ティ

映画『成功したオタク』

(オ・セヨン監督/2021年/韓国/85分/カラー)  韓国では、2019年頃から男性のトップアイドルによる性犯罪が立て続けに明るみになり大きな社会問題になったそうだ。当時のニュース記事をネットで拾ってみたが、性的暴行や売春斡旋、性行為の盗撮動画の拡散など、ひどい話が次々に出てくる。  このドキュメンタリー映画の監督や登場人物たちは、そうしたアイドルたちをかつて「推し」ていた女性たちである。  アイドル本人が手を下した悪質極まりない犯行であり、事件報道が、彼らを「推し」

映画『オッペンハイマー』評/「区分」が揺れる世界

 「区分化」というキーワードが頻出する。原爆開発に関する情報を、それぞれの当事者がどの範囲に共有するかは「区分化」されなければならないと軍人は言う。科学者はそれを守ったり守らなかったりする。  区分をどこに見出すかを巡っても対立は起こる。ファシズムの前ではソ連もアメリカの仲間なのか、共産主義である以上は彼我は区別するのか。簡単に割り切れるものではなく、変化し得て曖昧である。  本作のハイライトの一つである核実験のシーン。大気に引火して終わりなき連鎖反応を引き起こす可能性は

『悪は存在しない』と『GIFT』(ロームシアター京都ライブレポ)

 音楽家石橋英子が、ライブ・パフォーマンス用の映像制作を映画監督濱口竜介に依頼し、その過程ででき上がった映画が、ベネチア国際映画祭で銀獅子賞を獲った106分のトーキー『悪は存在しない』(4月26日劇場公開予定)であるが、元の石橋の依頼に応える形で作られた「シアター・ピース」が、74分の無声中編『GIFT』である。  この『GIFT』のライブ・パフォーマンスは、国内では昨年11月23日の東京フィルメックスでしか行われていなかったが、2月24日、ロームシアター京都ノースホールで

映画『夜明けのすべて』評/「一時の幸福」を超え、三宅唱監督は新たな時間世界を描出した

 これまでの三宅唱監督作品に映る幸福な時間は、永遠に続くことのない一時の祝祭的な時間でもあった。  『きみの鳥はうたえる』(2018年)の「僕」、佐知子、静雄の3人の享楽的な時間の終焉。『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)でケイコの寄る辺となってきた老舗ジムの閉鎖。スクリーンに映る素晴らしき時間は、常に終焉を示唆する緊張感も漂わせていた。  三宅映画に感動しながらも、どこかで寂しさを覚えるのはこの点による。束の間の幸福な時間が、のちの人生を支えるのであろうことは示唆され

映画『熱のあとに』評/予想もしなかった人生にある悲惨と希望

 愛したホストを刺した女の6年後の話と聴けば、狂気や激情をイメージするが、この映画はそういう作品ではない。むしろ自らの理性に従って信じるものを信じ貫いた結果そうなってしまったのが、主人公・沙苗(橋本愛)であった。  彼女にとって、生きることすら絶対ではなかった。木野花演じる精神科医に「全てを捧げるからこそ愛は永久不滅で、そのほかは愛に近いもの」と語る一方で「当時の自分にとって、生きることと死ぬことはそこまで変わらなかった」ともいう。だから愛の形が、生によるものか死によるもの

映画『春原さんのうた』評/風と湿度が同居するショットに生を見る

 モノローグはおろか説明ゼリフも一切ないショットの連なりは、まさに「映像詩」の名に相応しい。じっくり見ていく中で、主人公が喪失を受け止めようとしていく過程にあることが分かる。  ハッとさせられるショットがいくつかあるが、白眉は真っ暗な部屋で眠っていた主人公が起き上がるところだ。白い枕の沈み込みに、間違いなく主人公が「生きている」という実感が表れる。まるで体温までスクリーンから伝わってくるような、力を持ったショットだった。  その部屋がフェリーの船室であることが後でわかる。

2023 映画鑑賞この一年

 2023年に見た映画は延べ130本でした。昨年比5本増とほぼ変わらぬ鑑賞頻度でしたが、その中身は大きく変わり、今年は大半が旧作となりました。そこで今年の「映画鑑賞この一年」は印象深い旧作の上映イベントを振り返りたいと思います。 ジョン・カサヴェテス レトロスペクティヴ リプリーズ(6月24日~/渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国ロードショー)  濱口竜介が影響を受けた監督として必ず名を挙げるジョン・カサヴェテスの特集上映です。  中でも特に衝撃を受けたのは『チャ

『1日240時間』in パルシネマ「万博映画特集~70年大阪万博の光と影~」

 1970年大阪万博にちなんだ映画の特集上映「万博映画特集~70年大阪万博の光と影~」が12月10日から19日にかけて、神戸・新開地の「パルシネマしんこうえん」であり、10日には同万博の会場で公開された安部公房脚本、勅使河原宏監督の珍品『1日240時間』が上映された。  本特集は、同じテーマで甲南大学文学部が12月上旬に開催した第1回「甲南映画祭」の地域連携企画として、パルシネマでの興行が実現したもの。  服用すると10倍の速さで動けるようになる加速剤「アクセレチン」が発

『ある精肉店のはなし』評/技能の必然性をとらえた映像記録

 名前だけは知っていた『ある精肉店のはなし』(纐纈あや監督、2013年)というドキュメンタリー映画は、ついに見る機会を逸したままだったが、公開10周年の記念日に当たる2023年11月29日、大阪・十三の第七藝術劇場にて上映があると聞きつけて仕事帰りに向かった。  冒頭、家の裏にある牛舎から牛を引き出していく。男手一本でやや興奮ぎみの牛をなだめすかしながら屠場へ連れて行く。  その日は「屠畜見学会」が催され、衆人環視の中、牛を「割る」のである。牛の眉間にハンマーを振り下ろし

『ケイコ 目を澄ませて』バリアフリー版を見る

 来年日本公開される濱口竜介監督の新作『悪は存在しない』のジャパンプレミアが11月26日、広島国際映画祭2023の4日目の招待上映として開催されるのを知り、同日、広島・基町のNTTクレドホールを訪ねた。  同作は14時からで、午前中には三宅唱監督の傑作『ケイコ 目を澄ませて』(2022)が上映されるということなので、朝から会場入りして2本見ることにした。  10時半、『ケイコ』の上映直前、本上映がバリアフリー上映である旨のアナウンスがあった。てっきり日本語字幕の付いている

北野武監督『首』レビュー/自身のフィルモグラフィーを批評する徹底した茶化し

 昨今、年老いた巨匠が自らのキャリアを総括する作品を作る例が多い。宮崎駿『君たちはどう生きるか』、スピルバーグ『フェイブルマンズ』などである。  北野武ももう後期高齢者である。前作『アウトレイジ最終章』(2017)は、枯れて枯れて最後には、やっぱり自裁したいのか……という、北野映画ファンにとっても悲しいものだっただけに、新作がキャリアの総括になったらどうしようという不安があった。  不安は解消された。たけしは未だ現役である。  とにかく、過去の自らの作品の引用がとても多

濱口竜介監督、仙台でカサヴェテスを語る

 『ドライブ・マイ・カー』(2021)『偶然と想像』(同)などで知られる映画監督濱口竜介さんが講師を務める映画講座「映画のみかた モーションとエモーション」(幕の人主催)が11月11、12両日に仙台であり、受講してきました。  午前に映画が1本を上映し、休憩を挟んで、午後は濱口さんが登場し、上映作の各シーンを確認しながら、その作品の何が秀でているのかを語るという贅沢な企画です。  11日の作品は、濱口さんが最も影響を受けた映画作家と公言しているジョン・カサヴェテスの『こわ

京都みなみ会館、『奇跡』で幕

 最後のオールナイト上映の模様を先日ご紹介した、京都・九条のミニシアター「京都みなみ会館」が9月30日、最後の上映を終えて閉館しました。  最終上映作品は、スクリーン1のカール・テオドア・ドライヤー監督『奇跡』(1954年)でした。宗派間対立に揺れる家族の葛藤を描き、信仰の本義を問うた傑作です。  『奇跡』の劇中、ボーエン家の長男の嫁インガーに、みなみ会館の存在を重ね合わせて見た観客は多かったのではないかと思います。  ちなみにスクリーン2はちょっとだけ早い時刻に最終上