見出し画像

映画『春原さんのうた』評/風と湿度が同居するショットに生を見る

 モノローグはおろか説明ゼリフも一切ないショットの連なりは、まさに「映像詩」の名に相応しい。じっくり見ていく中で、主人公が喪失を受け止めようとしていく過程にあることが分かる。

 ハッとさせられるショットがいくつかあるが、白眉は真っ暗な部屋で眠っていた主人公が起き上がるところだ。白い枕の沈み込みに、間違いなく主人公が「生きている」という実感が表れる。まるで体温までスクリーンから伝わってくるような、力を持ったショットだった。

 その部屋がフェリーの船室であることが後でわかる。主人公は朝の薄明のもと、デッキで風に当たる。体温が下がる。髪がなびく。生きていることを受け入れてはじめて、喪失の痛みは悼みへ変化していくということを、これほど説得力を持って映像化したものが今まであっただろうか。

 顧みると本作は一貫して、風と湿度が両方、同じ画面の中に映っていたことに気が付く。おそるべき傑作だった。

(杉田協士監督、2021年)=2024年1月21日、シネ・ヌーヴォXで鑑賞

※2024.2.3 記事を改題しました。



この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?