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7 / 自制心と擬制心

はぁ?なタイトルですね
擬制心って何ですか?ってね

「擬制(ぎせい)」とは
簡単に言えば「フィクション」のことだと
Google先生がおっしゃってます。

ええ、私が勝手に作った造語です。
私はそうだと思ってます。
(またまた無責任な事を言ってます)

自制心 と 擬制心
なんとなく似てません?

言葉の響きもさることながら

自分の気持ちを押さえて我慢するのも
自分の気持ちに嘘をついて誤魔化すのも
似てる感じがします。

大人と呼ばれる年齢になって思うのは
素直に自分の気持ちを吐き出す
タイミングが無くなってきたなぁ、と

自制と擬制の生活

本当はああしたいのに出来ない
本当はこうしたいのに言えない
自分のしたいと思ったことを
むやみにやってはいけない
自分の言いたいことを
むやみに言ってはいけない

それが世の中を生きて
人と接する上での
「大人における道徳ルール」で

すごく、大切な事でもあります。

10代の頃に素直に
何でも出来たし言えたのは
言わせてくれる、やらせてくれる
大人達が常に守ってくれてたのだと

そう思うと改めて
両親や先生、近所に住んでいた人
数多くの大人達に感謝です

とあるCMで

「大人って長いよー」という
フレーズを耳にして
そうなんだよな、これから私は
この先ずーーーっと
大人なんだよなぁ、、と
もっとちゃんとしなきゃなと感じました。

ただ、嫌なことだけじゃない

自制と擬制の日々のなかで
この人にだけは自分の感情を
素直に表現できる
言いたいことも、やりたいことも
受け入れてくれる、寄り添ってくれる
そんな相手を一人でも見つけられたら
そんな相手とずっと一緒に居れたなら

きっと自分の世界も
変わるのかもしれないですね。

私は、まだ少し
自制と擬制が勝っちゃってます。

私を知る人に言わせてみれば

おいおいおい、お前それで
まだ自制と擬制が勝ってんのかよ
どんだけ自由なんだよ
お前はより一層、自制と擬制をしろ

と、言われるだろうと思います。

素直に大人を生きるって、難しいですね。

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