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□東急世田谷線全駅の旅□④◆SG-06:上町駅、SG-07:宮の坂駅

東急世田谷線を三軒茶屋駅から一駅ずつ乗車し、途中下車するプチ鉄旅。いよいよ折り返し点を過ぎ、後半戦に突入しました。各駅はとても個性的で、知らないことばかりで、とても面白い街歩きを楽しめています。今回は上町駅の探索から始めたいと思います。
(前回はこちら)

■上町駅から世田谷城址を目指す

上町駅前にある、「城山通り」。
黄色い電車が色鮮やかです。
なんと、こんな街角にも現役木製電柱が。
味わい深いとびだしちゅうい看板(笑)。
烏山川緑道。ここで支流が枝分かれしていたようです。
城山通りの先にあるのは、世田谷城址です。

上町駅から城山通りを北側に向かって歩くと、世田谷城址公園にたどり着きます。

世田谷城跡の説明看板。豪徳寺を含む全体が昔のお城だったようです。

世田谷城は、室町時代にこの地を統治していた吉良氏の居城だったようで、北条氏と縁戚関係を結んでいましたが、豊臣秀吉の北条攻めの際に吉良氏は世田谷城から逃れ、このお城は廃城になったようです。その後、江戸時代には彦根藩・井伊家の所領となり、お城の跡地に井伊家の菩提寺である豪徳寺が建っているということです。豪徳寺は、隣の宮の坂駅が最寄り駅なので、改めて訪れます。

城郭を思わせるような空堀の跡のようなものがあります。
この地は吉良氏の居館だったようです。
上町駅前にある、世田谷線の車庫をフェンス越しに見ます。

■世田谷代官屋敷を目指す

今度は、駅の南側にある、ボロ市通りへ。

上町駅の南側は、ボロ市通りと呼ばれる、旧大山街道沿いの街並みと代官屋敷が見もののようです。

ボロ市通りこと、旧大山街道。
何となく趣のある道です。
代官屋敷こと、大場家住宅。井伊家の代官屋敷だったとか。
重要文化財です。
本来なら、郷土資料館として開放されていますが、残念ながら閉館中でした。
代官屋敷の向かいの信用金庫にある石碑。
「ぼろ市に 冬はまづしき 道のしも 桜小学に 通ゆ子ら はも」

この地域にあった桜小学校、長い歴史が刻まれているようですね。

信用金庫の裏にある、上町天祖神社。
大山街道と今の世田谷通りの分岐点。「桜門」という門があったのでしょうか。
そして、世田谷区立桜小学校がありました。
校内に、都天然記念物 桜小学校のオオアカガシがあるようです。
この木が学校のシンボルツリーのようです。

世田谷区立桜小学校は、創立143年になる長い歴史を持つ小学校です。校庭に天然記念物の大木がある小学校が都内にあるなんて、なかなか面白いですね。

上町駅前の歩道にある、蹄鉄のモニュメント。
ここは、馬事公苑の近くでもあります。
刻まれる名前は寄付者の名前でしょうか。
上町駅から宮の坂駅を目指します。90度カーブする駅前。

■宮の坂駅周辺を歩く

続いて、宮の坂駅に1駅移動しました。この駅の駅前にあるのは・・、

宮坂区民センターの一角に、世田谷線の古い電車が保存されています。
ホームに停車しているように見える場所に保存されています。
この車両、自由に入ることができます。地元のちびっ子の楽しい遊び場。
子どもがいない瞬間を狙い、ちょっとだけおっちゃんも運転席へ(笑)。
昔の玉電の写真も展示されています。
こうやって見ると、なかなか貴重な展示車両です。
「EER」とは、晩年移籍して活躍した江ノ島電鉄の略称です。
駅前にある、世田谷八幡宮。
元々世田谷城に居館があった吉良氏の神社として栄えました。
奉納相撲が名物だとか。境内に観客席のある土俵がありました。

■豪徳寺を目指して歩く

宮の坂駅を最寄り駅とするお寺、豪徳寺を目指して歩きます。駅から数分の道のりです。

数分歩くと、豪徳寺に到着します。
井伊直弼墓があることで知られているようです。

豪徳寺は、井伊家の菩提寺として栄えたお寺です。境内には・・、

たくさんの猫がいます。
井伊家の居城・彦根城のシンボル ひこにゃんと、世田谷が地元の
サザエさんのたまがいました。猫づくしの境内です。
立派な本堂。その近くには・・、
多数の招き猫がいました。なかなか壮観です。
「招福猫児」の石像もあります。これで「まねきねこ」と呼ぶようです。
招き猫の説明板。井伊直孝が猫を大事にしたことが由来、
というようなことが描かれています。
墓地には、井伊家代々当主の墓が建ち並びます。
この石碑は、「桜田殉難八士之碑」。明治13年に井伊家によって建立されました。

ここは、井伊直弼の墓もありますが、その裏手に「桜田殉難八士之碑」がありました。桜田門外の変で亡くなった藩士達のことも祀られています。この地には歴史が生きている感じがしました。

招き猫のラッピング電車の説明もあります。
何だかかわいい後姿(笑)。
この招き猫は、願いを込めて奉納されたもののようです。
こちらは彦根の人が建立した、関東大震災で遭難した人の供養塔です。
豪徳寺の参道。なかなか絵になる道です。
豪徳寺の入口は、こんな感じです。
そこを流れる烏山川緑道。昔は豪徳寺橋があったようです。
烏山川の暗渠は、この先で世田谷線と交差します。
さあ、宮の坂駅に戻りましょう。

■終わりに

上町駅と宮の坂駅の近くを散策しました。上町駅の近くには、世田谷城址とボロ市通り、世田谷代官屋敷がある、とても歴史ある場所です。宮の坂駅も、古い世田谷線の車両だけでなく、世田谷八幡宮もありました。豪徳寺まで行くと、この地を統治した吉良氏と、その後に統治した井伊氏の統治時代の痕跡が残っていて、とても印象的な感じがしました。

夕刻の散策、もう少し続きますのでお楽しみに!

(続きはこちら)


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