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■ドボクスキーの旅 in 香川■④丸亀城の災害復旧工事を見学する

香川に来て、瀬戸大橋を見学しました。雄大な構造物が瀬戸内の海と島の中に映え、博物館でその工事の様子や物語を見ることができ、とても充実していました。(前回の記事はこちら)

瀬戸大橋を見て、車を返す時間まで少し時間があったので、坂出のすぐ近所にあるもう1箇所気になる場所へ行きました。そこは、

丸亀城。

実は、2018年に大規模な崩落が発生し、修復工事を行っている場所なのでした。2019年に学会が香川であった時も、この地を訪れていて、工事の状況がどうなっているか、見たかったので、今回も訪問したのでした。

■丸亀城とは?

丸亀城は、丸亀市内にある、亀山という山を利用してつくられたお城です。16世紀に築城され、江戸時代に改修されて、今でも天守が残るお城です。

「日本一高い石垣」(※複数の石垣の総合計が日本一、らしいです。1段の石垣だと、大阪城や(伊賀)上野城のほうが高いらしい)として知られており、高さ60mもあります。

大手門と、高い石垣と、現存する天守。
とても美しいお城です。

今昔マップで、戦前の丸亀城の地図と比較してみましょう。丸亀城の外濠の中には、軍の練兵場(今は市役所のあるあたり)ができ、外濠(今は道路になっている)には、かつて、琴平参宮鉄道が電車を走らせていました。旧街道の走る町人の町のほうには、JRの駅ができ、そこからもう少し北に行くと、金毘羅詣での船が到着する、港があった感じです。

丸亀城の新旧比較。お城の中って、いろんな施設ができているものです。
そういう場所が、今どうなっているかを知るのも、とても楽しいです。

■丸亀城の石垣の崩壊

そんな美しい丸亀城ですが、石垣の一部が、2018年7月の西日本豪雨と、10月の台風25号襲来後に、合計3回にわたって大規模に崩落しました。

このニュース動画、とても詳細を伝えているので、参考になります。

この復旧工事の模様を、2019年9月の土木学会全国大会が香川で開催された時と、2023年10月(今回)の2度にわたって探訪していますので、その内容をお伝えしたいと思います。

■2019年9月の訪問

2019年に訪問したのは、香川大学で開催された、「土木学会全国大会」の時です。コロナ前最後の全国大会でした。とても楽しかった記憶が(笑)。

この時も、崩落した丸亀城を見ようと、空き時間を利用して丸亀城に行ったのでした。

丸亀城の大手門。立派です。
とても素晴らしい石垣があります。
確かに、緩んでいそうな場所もありそうで・・。
崩れていても、天守閣は営業している旨をお知らせしています。
こんな感じで、坂道を上る途中にも、立派な石垣があります。
着いた先には、天守閣が。立派な現存天守閣です。
丸亀市内と、瀬戸内海が見える、絶景スポット。
お城の上から。どうやら、こっちが崩落箇所のようです。
上部からの雨水浸入防止用の防水シートでしょうか。
天守閣からの眺め。絶景です。
石垣の展示が。やはりこのお城は石垣が見どころなのですね。
こんな素晴らしい石垣、と眺めていたら・・、
早稲田大学の小峯先生にお会いするという偶然。
学会ならではの、ハプニングでした。
崩落個所の横を通過。まだ崩れた石の除去が途中段階でした。
除去が完了した箇所は、吹付コンクリートが施工されています。
これはなかなか大きな崩壊だった、と痛感させられました。
一つ一つ、ナンバリングされて並べられた石。
果てしない作業をされていると改めて実感しました。
それにしても、どうしてこんな石の配置がわかるのでしょうね?
と思ったら、崩落危険性を察知していたので、あらかじめ
石垣の配置を撮影していたそうです。
公園の運動施設が、そのまま石垣の石の仮置き場に変わりました。
資料館の片隅に、石垣の崩落の経緯を示す展示が。
石材を吊りおろしている様子。
右側にあるように、実はこの石垣、昔の石垣が下部に埋まっています。
「埋没石垣」という、貴重な石垣も出てきました。そしてそれも崩壊しています。

2019年当時、こんな感じでした。その当時、石の積み上げが開始され、「2023年度」には出来上がるという話だったので、今はもう、ほとんど復旧しているのでは?と期待していきました。それがこちらの様子です。

■2023年10月の訪問

再び訪れた丸亀城。今回はあまり時間が無いので、天守には登りませんでした。崩落箇所の下から、石垣修復の様子を確認したいと思います。

いろんな角度から見ても、とても美しいお城です。
石垣修復中の工事看板が。
工期・・令和10年3月まで?あれ、すごく延びています。
4年ぶりに訪れる、お城の石垣。
積み上げは・・まだ始まっていないのでしょうか。
吹付面に、崩落防止用のアンカーが打たれています。
石垣の石は、合計11746個、回収したのだそうです。すごい数です。
石垣修復プロジェクト、施工会社は、鹿島建設さんです。
崩落したものの中から、このような「五輪塔」が出たりしています。
崩れた土の中も、ある意味発掘調査すべきものが埋まっています。
取り出した石の中で、巨大な石を展示してくれています。
実は、崩れたことで、わからなかったことも明らかになっているようです。
石垣の展示施設が、現地のサイト内にできています。

令和10年まで工期が伸びましたが、その理由は、なんと、埋没石垣が、実は想定していたものよりもはるかに沢山存在していたことが判明したからなのです。実は、丸亀城の石垣は、2段ではなく、1段で、下の段の石垣は、「埋没」としていた、昔築かれた際の石垣を補強する目的のものだったようです。ということで、石垣の高さランキングは、「大阪城に次いで2位」に躍り出たようです。
このせいで、除去して、復旧する石垣の石の数が飛躍的に増加し、工事の期間も、令和10年までに延伸され、今は、どのように積み上げるかの図面作成や準備を行っているようです。

グラウンドアンカーの計画図。
文化財の保護と、防災を両立させるべく、工夫が続きます。
石垣修復PR館で、こんなボードがあったので、思わずパチリ(笑)。
丸亀市のマンホールも、PRされていました。
埋没石垣のことを教えてくれる説明板。
これがその石垣の一部のようです。

■(おまけ)丸亀市内の魅力

丸亀は、江戸時代に金毘羅詣でをする人が上陸する港町でした。
こんな立派な常夜燈が、港に置かれています。
金毘羅詣での船などが、今も再現されています。

丸亀の町は、城下町でもあり、金毘羅さんへの参拝客が訪れる玄関口として栄え、古くから繁栄していたようです。とても興味深いエリアですので、是非一度訪れてみてください。

■終わりに

丸亀城の崩落は、今に始まったわけでは無くて、昔から崩落したり、緩んだりを繰り返しながら、それを補強してメンテナンスしながら、今の立派な石垣の城を守り続けてきたことを、崩落後の調査結果で出てきた、埋没石垣のことを見ながら学ぶことができました。

最近では、2016年に熊本地震により、熊本城の石垣が崩落し、この丸亀城の崩落も含め、文化財の防災対策というのが、クローズアップされてきています。伝統的な文化財・構造物を保護することと、災害発生時のリスク減少という、場合によっては相反することを、今崩落現場では取り組んでいるようです。そういうことなども、しっかり見せることで、次の世代にも語り継いでほしいと思います。

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