決意

「すごい!それってプロポーズよ。」
涼子さんが大きな声で叫ぶと、喫茶店シャノワールの狭い店内に声が響いた。普段無表情なマスターが、この日ばかりは目を丸くする。
「涼子さん、待ってください。私まだどうしていいか分からなくて…何も決めてないんです。」
「何をグズグズしているの?好きなんでしょ?そしたら、ついていく、一択に決まってるじゃないの」
涼子さんは私の顔色を無視して、一人で盛り上がっている。
(あぁ、私はどうしてこの人に相談してしまったのだろう…。)
私は透明なため息をついた。彼女はお構いなしにまくし立てる。「こうなったら、会社辞めてでもついていきなさいよ。いや、その前にご両親に挨拶ね。結婚式だけは東京で挙げなさい。営業部の女子全員でお祝いするんだから。」
涼子さんは、まるで自分が結婚するかのようにはしゃいでいた。

会社を辞めて福岡へ行く。
それは、これまでの生活が一気に変わる事を意味していた。
福岡に、自分を雇ってくれる会社はあるのか。
仕事帰り、私はいつも通り公園通りの坂道を下ろうとして…やめた。横断歩道を渡り、カップルで混み合うスタバを横目に、渋谷のハローワークへ向かう。

「今日はお仕事探しですか?」
「はい…実は福岡に引っ越すかもしれなくて、求人がどのくらいあるのか知りたくて…。」
私は話しながら、なんて馬鹿な事をしているのだろうと思った。渋谷で福岡の仕事のことなんか、分からないに決まっている。
ハローワークの職員さんは、にこやかな笑顔で私に言う。「では、退職を予定しているんですね?」
はい、と、私は口ごもった。本当は何も決めてない。
それから職員さんは、退職後に失業保険かもらえるからゆっくり福岡で仕事探しをすれば良いこと、地方へ行ったら運転免許が絶対に要る事など、事細かに教えてくれた。
「頑張るのよ」
最後に一言、ポンと背中を押す言葉をもらった。

自動ドアが開くと、渋谷の町は宝石を散りばめたようにキラキラしていた。

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