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福岡の主婦です。 小説を書いてみたい夢があり、登録してみました。

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マガジン

  • 短編小説

    短編小説を不定期で作成しています。

  • エッセイ

    日々の雑感や思い出話を、不定期で書いています。

  • 読書感想文

    読んだ本の感想を、不定期で挙げていきます。

  • 薄明(連載小説)

    自作の小説を連載しています。

最近の記事

シャノワールにて

「…それで、栄枝さんはサトシくんについていくのですね。」 喫茶店シャノワールのマスターは、静かに口を開いた。 「はい…今までお世話になりました。」 「そうなんだ…寂しくなるな。」 「また、埼玉の実家に戻った時には、お邪魔させてください。」 すると、マスターは黙って首を振った。 「ここも、もうじき閉店するんですよ。」 「えっ!」 私は耳を疑った。シャノワールがなくなってしまうなんて。 「仕方ないね。渋谷の再開発で駅前の東急もなくなるし、区役所も宮下公園のあたりに仮庁舎を建設して

    • 決意

      「すごい!それってプロポーズよ。」 涼子さんが大きな声で叫ぶと、喫茶店シャノワールの狭い店内に声が響いた。普段無表情なマスターが、この日ばかりは目を丸くする。 「涼子さん、待ってください。私まだどうしていいか分からなくて…何も決めてないんです。」 「何をグズグズしているの?好きなんでしょ?そしたら、ついていく、一択に決まってるじゃないの」 涼子さんは私の顔色を無視して、一人で盛り上がっている。 (あぁ、私はどうしてこの人に相談してしまったのだろう…。) 私は透明なため息をつい

      • 福岡

        ここのところ、サトシが浮かない顔をしている事が増えた。 明け方、うっすら目を開けて隣に寝ているサトシを見ると、彼は眼鏡もかけずに空中を睨んでいる。 「サトシ」と私は声をかけてみた。 あぁ、とサトシは微笑みを浮かべ「起こしちゃったね、ごめん。」と呟いた。 「何かあったの?」 「ううん、何もないよ。ただ、寝付けなかっただけ。」 サトシは手を伸ばして、私の髪を撫でる。ふわっと、やさしい匂いがした。サトシの肌の匂い。私が…大好きな、匂い。 私はピッタリと彼に身体を寄せた。 「ギュッ

        • 同僚

          「まきちゃん、最近何か楽しそうだね。」 職場の先輩の涼子さんが、小声で話しかけてきた。「彼氏でも出来たの?」 私はドキリとする。サトシとの話は、みんなには内緒にしていたからだ。 「そんな事…ないですよ。普通です。」 「またまたー。で、本当はどうなの?」 「いや、本当に何も…。」 涼子さんは、まるで新しいオモチャを見つけた子どものような顔で、食い下がってくる。 (助けて。) 私は内心悲鳴をあげた。 喫茶店シャノワールの扉を開けると、サトシがこちらに手を振った。この日も私たちは

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        記事

          ドライブ

          ロックハート城は、群馬の山の中にひっそりと佇むイギリスの古城のはずだった。 ところが。 中に入ると、「お姫様体験」を楽しむ女の子たちが、あちこちで写真を撮っていた。 「何か…イメージと違うな」 ごめんね、と謝るサトシさんがかわいいと私は思った。 「行きましょ。」私は自然に手を握っていた。 観光地の雰囲気、嫌いじゃないなと思う。思い思いに浮かれて、楽しそうなお客さんたち。そこにあるのは、非日常の空間。 「ほら、ネックレスが売ってる。」 お城の土産物屋を歩き回り、手作りっぽいネ

          ドライブ

          はじめての遠出

          その日も私は喫茶店シャノワールに向かっていた。古田サトシさんとの待ち合わせ場所は、いつもシャノワール。 コーヒーを飲んで他愛もない話をして帰る日もあり、出かける時の待ち合わせ場所にしている日もあった。そして…今日は後者。 「ロックハート城っていうのがあってね」 その日。 サトシさんはコーヒーを一口飲むと、おもむろに話し始めた。「イギリス貴族のお城を日本に移築してあるんだって。」 「本物のお城なの?」 「そうだよ。まき…興味あるかなと思って。」 サトシさんが、私の顔を覗き込む

          はじめての遠出

          東京タワー

          夕暮れの渋谷。 公園通りの坂を下っていると、微かにポケットのスマホが動いた。ふと、立ち止まる。 この時間にいつも連絡をくれるのは…古田さんだ。 はじめて喫茶店シャノワールで話し込んで以来、古田さんは毎日LINEをくれるようになった。内容は、今日のランチとか、日帰り出張で乗った新幹線とか、他愛もない話ばかりだ。 短いやりとり。 でも、私の中では、一番楽しみな時間だった。 LINEを開く。 「今日、シャノワールで待ってます。」 短い文章は、私の心臓をキュッとさせた。今日、古田さ

          東京タワー

          喫茶店シャノワール

          シャノワールの扉を開けると、カランコロンと鈴が鳴った。昔ながらの、小さな喫茶店。シャンソンが流れていて、少し無愛想なマスターが「いらっしゃい」と小声で呟く。 「栄枝さん!こっち。」 男性にしては甲高い声の方向を見ると、古田さんが手を振っていた。 「来てくれないかと思いながら、待ってたんだ。」 古田さんの向かいの席に座ると、彼はそんな事を言った。 「用事があると思ったので…」と、メニューに目を遣りながら私が呟くと、あはは、と愉快そうに笑う。「用事なんかないよ。ただ、栄枝さんと

          喫茶店シャノワール

          恋愛

          「栄枝さん」 私の名前が呼ばれて、ドキッとする。 男性にしては、少し高い声。 後ろを振り向くと、古田さんがこちらを覗き込んでいた。 古田さんは、多分30代後半くらい。若くして管理職になった、「やり手」の人だ。 「栄枝さん、この間のメールの件なんだけどね…」 丸メガネをずり上げながら、じっと私を見つめている。目のやり場に、正直困る。 「よろしくお願いしますね」 話が一通り終わると、古田さんは私の肩をそっと触り、その場を立ち去った。 顔が紅潮するのが、自分でも分かった。 いつ

          健太フーズの日々8

          それから一カ月くらいは「何もない」日々が続いた。 実際にはヘマして怒られたり、新メニューが出てきたり、忙しかったのだが、記憶に残るような出来事はなかったので「何もない」としておく。 その日も「何もない」はずだった。 仕事が終わり、着替えを済ませて更衣室を出ると、あの子がいた。 岡崎ハルコさん。彼女は白いワンピースを着て、大きな重そうな手提げを持って、やや不安げに休憩室を覗いていた。 「こんにちは」私が声をかけると、「こんにちは」と少し笑った。 「オリエンテーションで一緒だ

          健太フーズの日々8

          健太フーズの日々7

          「大学に残れば、麻記だって今だに若手扱いしてもらえたのに。」 旦那が愉快そうに笑う。 私は憮然として、そのカラカラ笑う声を聞き続けた。 「無理無理。転勤族の妻になった時点で、パートか専業主婦の二択でしょ、普通。」 「勿体無いなぁ。卒論の評価も高かったのに、大学院進学しないで俺について来ちゃったもんね。」 若い頃の私は粋がっていて、パートをやりながら通信制の大学院に所属するつもりでいた。 しかし、結婚して家庭を持ってみると、慣れない家事に追われ、塾講師の給料は思ったより少なく

          健太フーズの日々7

          健太フーズの日々6

          第三章 仕事始め 私は、実は学生時代のバイトで接客をやっていて、この手の仕事は慣れている…つもりでいた。 ところが。「甘く見ていた」と言ってもいい。 20年前の機敏さは失われて、体は動かないし頭もついていかない。 「吉田さん、ボケっとしない!」 「はいっ。すみません!」 (ボケっとしてるんじゃなくて、頭で考えた通りに手足が動かないんだよぉ…。) 挙げ句の果てには、老眼が始まってしまったのか、電光掲示板の文字が異常に読みにくい。若かったら、せめて30代くらいの若手だったら

          健太フーズの日々6

          健太フーズの日々5

          店長の話が終わると、隣の女性がふわりと立ち上がった。 「お時間頂き、ありがとうございました。」私も慌ててガタガタっと立ち上がる。 (えーと、ナニさんだったっけ?) 呼び止めようとしたが、さっき聞いたばかりの名前を忘れてしまい、仕方なく吉祥寺駅方向へ向かっていく彼女を目で追った。 「で、さあ。せっかく仲良くなれそうに思ったんだけど、話しかけられなかったんだよねぇ。」 私はサーティワンのアイスを食べながら、旦那にLINEをした。すぐに既読がつく。 肩までの黒髪。モノトーン調の服

          健太フーズの日々5

          健太フーズの日々4

          第二章 トレーニーから出発 日曜日の午後。 その日の駅前商店街は、人通りが多かった。 商店街を入ってすぐ、駅からだと2分くらいのところに、健太フーズはある。 私は一呼吸置いて、自動ドアをくぐった。 「いらっしゃいませ、こんにちは」 慣れた感じの接客で、レジの向こうから呼びかけられる。 「すみません、本日オリエンテーションを受ける事になっている吉田ですが…」 私が健太フーズの採用の電話を受けた日、私はてっきり不採用だと思っていたので、正直驚いていた。転勤族の妻となって約20

          健太フーズの日々4

          健太フーズの日々3

          「麻記、バイトするんだって?」 ニヤニヤしながら旦那が近づいてきた。 「うん、健太フーズでちょっと、ね。」 旦那はこんな時、いつも耳ざとい。 「ねぇねぇ、どんな所か偵察してきてあげようか?」 「えーっ。やめときなよ。怪しい人だと思われちゃうよ。」 「大丈夫!ちょっと見に行くだけだから。それに、俺の会社でも求人募集してて、どんな風に募集かけてるのか見てみたいんだ。」 こうなると、旦那を止めるのは難しい。 結局家計用の財布を渡して、晩御飯になりそうなものを買ってきてもらう事

          健太フーズの日々3

          健太フーズの日々2

          第一章 面接 私は朝の9時少し前に、そこに立っていた。 健太フーズ。全国にお店を展開していて、もちろん群馬のショッピングモールにもある。 「はじめまして、吉田麻記です。よろしくお願いします。」私は作り笑いしながら最初のセリフを小声で練習していた。商店街は10時開店の店が多く、人通りは少ない。 「はじめまして…いや、おはようございます、かな…」 ところが。大変な事に気づく。 健太フーズも10時開店…という事は、9時の面接の約束はどうなってしまうのか。 私は頭が真っ白になり、

          健太フーズの日々2