同僚

「まきちゃん、最近何か楽しそうだね。」
職場の先輩の涼子さんが、小声で話しかけてきた。「彼氏でも出来たの?」
私はドキリとする。サトシとの話は、みんなには内緒にしていたからだ。
「そんな事…ないですよ。普通です。」
「またまたー。で、本当はどうなの?」
「いや、本当に何も…。」
涼子さんは、まるで新しいオモチャを見つけた子どものような顔で、食い下がってくる。
(助けて。)
私は内心悲鳴をあげた。

喫茶店シャノワールの扉を開けると、サトシがこちらに手を振った。この日も私たちはいつものように待ち合わせをしていた。
涼子さんの話をすると、サトシはあははと愉快そうに笑う。
「あの人に話すと、あっという間に言いふらされるからね。」
コーヒーを口に運びながら、サトシは話す。
「秘密に、しておきたい?」
それは勿論、秘密に決まっている。
私は首を縦に振った。揶揄われてしまうし、それに別れたら職場に居にくくなって…
ここまで考えて、私はハッとした。そうだ、私、いつか別れてしまうと思ってるんだ。
「俺は、話してもいいと思ってるよ。」
眼鏡の奥の瞳が、真っ直ぐ私を見ていた。

「涼子さん、あのね…。」
給湯室で、私は涼子さんに話しかけた。建物の外から渋谷の喧騒が聞こえる。
「うん、どうしたのよ。」
涼子さんはコップを手にしながら私を見た。
「実は…付き合ってるんです。古田さんと…。」
「やだぁ、すごいじゃない。アウディくんと付き合ってるのね。」
涼子さんが笑った。「ね、ね、色々聞かせて。どこまで進んでるの?アウディに乗せてもらった?指輪とかもらった?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、私はタジタジだった。
「今日は女子みんなでランチ行きましょ。いっぱい話して。」
ポンポンと方を叩き、彼女は部屋を出て行った。
(サトシ、ごめんね。言いふらされちゃうね。)
あはは、と笑うサトシの顔を思い出しながら、私は詫びた。
秘密を持たなくなった分だけ、心は少し軽くなった。

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