健太フーズの日々4

第二章 トレーニーから出発

日曜日の午後。
その日の駅前商店街は、人通りが多かった。
商店街を入ってすぐ、駅からだと2分くらいのところに、健太フーズはある。
私は一呼吸置いて、自動ドアをくぐった。
「いらっしゃいませ、こんにちは」
慣れた感じの接客で、レジの向こうから呼びかけられる。
「すみません、本日オリエンテーションを受ける事になっている吉田ですが…」

私が健太フーズの採用の電話を受けた日、私はてっきり不採用だと思っていたので、正直驚いていた。転勤族の妻となって約20年。子どもも居らず、気ままな専業主婦をやらせてもらっていたが、いよいよ「社会復帰」をするのか。

「吉田さん、こんにちは」
この間の面接の人が、店の奥から出てきた。
「今日のオリエンテーションは、2人でやります。あそこの客席を使いましょう。」
手で指し示された方向を向くと、色白の若い女性が座っていた。伏目がちだが…美人だ。20歳くらいだろうか。
「こんにちは、隣、いいですか?」と聞いてみると、「はい」と小さく返事をしてくれた。

私は肥満体の体をどっかりと彼女の横に下ろし、用意された書類に目を通す。
(へーえ。アルバイト一つやるのも、大変ねぇ。)
税務署宛の書類、雇用契約書、誓約書…おや、これは何だろう。

面接官が正面に座り、「よろしくお願いします」と挨拶した。
「私は店長の斎藤と申します。」
へぇ、店長さん若いね。
「私たちはお店という一艘の船を動かす、クルーです。健太フーズでは、アルバイトの事をクルーと呼んでいます。ここにいるあなたたちは、今日からトレーニーとして、まずはCクルーを目指して仕事を覚えてもらいます。仕事を一通り覚えられたらBクルー、トレーニーへの指導が出来るのはAクルーです。」

そんな説明が続いた。
私はこれから船乗りとして船を動かすのか…。
まさに「乗りかかった船」だった。

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