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白い部屋の訪問者

「次の方、どうぞ。」
そう呼ばれて、私は淡く陽射しの入る白い部屋へ入って行った。

「田村さん、こんにちは。その後いかがですか?」
いつもの問いかけだ。淡々としていて、それでいて拒絶感がない。流石はプロだ。
「特に何も…いや、少し昔の夢を見るようになりまして…」
「そうですか。どんな夢?」
「いや、その。」
犯罪の被害に遭い、加害者がインターネットに誹謗中傷を繰り返し書き込んだ夢だった。
例えば「万引きの常習犯」とか、「カンニングの常習犯」とか。ああ、そうだ。「出身地詐欺」というのも、あったっけ。

私は、言葉に出そうとした。
ところが、言葉が出てこない。
代わりに出たのは…一粒の、涙。

「あまり眠れていませんね。」
そう言いながら、プロの彼は、手元のパソコンに何かを書き込む。
何があって私が泣いているのか、敢えて尋ねないのだった。

「ごはんは食べられてますか。」
はい。
「外出はできてますか」
はい。

一連の問いかけが終わると、「そうですねぇ」と彼は白髪頭に手をやりながら、考え込む。
「少し、寝る前の薬を増やしましょう。」

数年間、終わる事のないやりとり。
この白い部屋から、私はいつ卒業できるのだろうか。
薬の増えた安堵感と、終わりの見えない不安感を交錯させながら、私は白い部屋を後にした。

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