健太フーズの日々7

「大学に残れば、麻記だって今だに若手扱いしてもらえたのに。」
旦那が愉快そうに笑う。
私は憮然として、そのカラカラ笑う声を聞き続けた。
「無理無理。転勤族の妻になった時点で、パートか専業主婦の二択でしょ、普通。」
「勿体無いなぁ。卒論の評価も高かったのに、大学院進学しないで俺について来ちゃったもんね。」

若い頃の私は粋がっていて、パートをやりながら通信制の大学院に所属するつもりでいた。
しかし、結婚して家庭を持ってみると、慣れない家事に追われ、塾講師の給料は思ったより少なく、勉強も就業も中途半端になってしまった。

そして…私は我が子を妊娠した。
嬉しくて、毎日が幸せで、家族のために生きていこうと思った。
ところが。
子どもは、心臓が止まってしまった。
もう「処置」をすることの出来ない大きさになった子どもは、陣痛促進剤で無理矢理「出産」した。
以来、私たちに子どもはいない。
夫婦二人で、毎日恋人同士のように生活している。それは、世間から見たら羨ましくもあるかもしれないけど…私は軽くメンタルをやられてしまった。

「まあ、さ。若い人と一緒の空気を吸って、社会に溶け込むのも悪くないんじゃないかな。」
「四六時中白い壁見つめて座ってる生活よりかは、生産的かもね。」
「稼ぎは全部お小遣いにしちゃっていいからさ。旅行でもしなよ。」
「うん。月イチで群馬の実家行って、派手に浪費しちゃう。」
旦那にゴルフクラブの一つでも買ってあげたいけど、健太フーズでそこまで稼ぐのはちょっとキツいかな。
「とりあえず、社会復帰おめでとう。」
旦那がビールの入ったコップを軽く掲げた。
乾杯。
私はビールを一口飲むと、粒マスタードをつけたナゲットにかじりついた。

今日も、9月にしては暑かった。
そして、穏やかな色をした月が、ベランダ越しに私たちの食卓をじっと見つめていた。


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