健太フーズの日々5

店長の話が終わると、隣の女性がふわりと立ち上がった。
「お時間頂き、ありがとうございました。」私も慌ててガタガタっと立ち上がる。
(えーと、ナニさんだったっけ?)
呼び止めようとしたが、さっき聞いたばかりの名前を忘れてしまい、仕方なく吉祥寺駅方向へ向かっていく彼女を目で追った。

「で、さあ。せっかく仲良くなれそうに思ったんだけど、話しかけられなかったんだよねぇ。」
私はサーティワンのアイスを食べながら、旦那にLINEをした。すぐに既読がつく。
肩までの黒髪。モノトーン調の服は、決して高価なものではないが、彼女の品の良さを物語っていた。
(実はお嬢様だったりして。)

ブルッとスマホが動く。旦那からだ。
「向こうにとっては、麻記はおばさんだよ。あんまりしつこくすると嫌われちゃうから、程々に。」
おばさんですって!失礼しちゃう。
でも。仕方ないよね…人生40年生きてきて、色々な経験が身についたけど、代わりに若さはなくなっていく。
若いって、いいなぁ。

サーティワンから出ると、9月にしては暑い風がブワッと吹いてきた。
私は風に押し戻されるように駅前の横断歩道を渡り、成増行きのバスを待つ。

それからしばらく、あの不思議な女性を見かける事はなく、私も忘れてしまった。

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